失敗しない男
森下 巻々
(全)
小学生で低学年の時代、彼の学校で或るシールが流行していた。
チョコレート菓子のおまけとして、一袋につき一枚同封されているシールである。一枚いちまいにキャラクターが描かれており、全種類集めようとする子供もいた。
彼の場合には全種類集めようとするほどには興味はなかったのだが、光が綺麗に反射する加工を施されたシールは欲しいと感じていた。チョコレート菓子に、その光るシールが付いてくる確率は低かった。祖父に車で町に連れて行ってもらったときに、書店で立ち読みした雑誌等で、存在は知っていたのであるが、実際に見かける機会はなかった。
彼の住んでいる山の聚落の子供たちは、日頃、神社に集まることが多かった。無人のその建物の周囲で遊ぶのである。追いかけっこやかくれんぼをするときは、鬼は鳥居に頭をつけて皆が逃げるのを待って数えた。
或る日も集まったとき、一人の男の子がシールを自慢した。光るシールであった。それも、キャラクター・ナンバー「1」として知られる一番最初に発行された光るシールであった。
皆、すごいすごいと舐めるようにそのシールを見た。男の子は、満足そうであった。
彼も、雑誌にあった情報を思い出しながら、蘊蓄談義に参加した。
それでも、やがて皆、シールを見せ合うのに飽きてくる。
或るタイミングで、彼は一人になった。ほかの子供は離れた場所であちらを向いている。あの男の子も、立ち小便にでも行ったのかその場にいなかった、光るシールをその場に置いたままで……。
彼は、目の前に置いてあった、そのシールに見入った。どうしても欲しくなった。周囲をもう一度見回すと、誰もこちらを見ていない。とても迷ったけれど、結局彼は、そっと手を伸ばし、その光るシールを摘んで自身のズボンのポケットに入れてしまったのだった。
その日、彼が家に帰り着くまでの間に、シールの話題が出ることはなかった。光るシールを自慢した男の子もうっかり忘れてしまったままだったのかも知れない。
後日、このことを知られるのを恐れた彼は、こっそりシールを切り刻み、ティッシュにくるんで家のゴミ箱の奥底に捨てた。
大人になった彼は、これを勉強になった思い出として記憶している。シールで子供を釣るような菓子製造販売会社を社会は評価してはいけない!
(おわり)
失敗しない男 森下 巻々 @kankan740
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