第3話 虫

「同盟だと」


「シュパーニエンが信用できるか」


 武官のみならず文官からも少年を非難する言葉が飛び交う。


この世界は、主に南北にある二つの大陸から成っている。


北の大陸の南端から突き出た半島国家がイタリアーナであり、長靴のような形の半島を本土として近隣にシチリア、マルタ、遠方にキプロスなどの大小無数の島々を国土として抱えていた。


当然、それらの領土を維持するために海運と海軍が発達している。


シュパーニエンはイタリアーナと同じ北の大陸の南側の半島国家であるが、西に突き出るような形になっている。


イタリアーナと逆に大陸への陸路が発達した陸運と陸軍国家である。


トルティーアと同じ侵略国家でもあり、イタリアーナとはこれまで幾度となく矛を交えていた。


「ですが、背に腹はかえられないでしょう。シュパーニエンにとっても国家の一大事なのは確か」


「だが使者は誰が……」


「良くて拘束、下手をすればその場で首をはねられることもありうるのだぞ」


その言葉に、場の多くの者が尻込みする。


国同士の同盟ともなれば一文官が出向くわけにもいかない。国家の重鎮とも言える人間が使者として発たねばならない。


 誰もが場をうかがう中で、手が挙がった。長年剣をふるってきた者にふさわしく、指の付け根に剣だこが露わになっている。


「僕が行きましょう」


これまで、会議を見守ることに徹していたクリスティーナ王女が顔色を変えた。


「女王陛下の従兄弟にして、将軍たる僕ならば問題ないでしょう」


「マルコ!」


 クリスティーナが悲痛な声を上げた。その手は隣に座る少年、マルコの腕を固く握りしめている。


「王位継承権のある人間は、王家にはわたくしとあなたの二人しか残っていないのに」


 マルコは微笑をたたえながらクリスティーナの手をほどき、穏やかに告げた。


「わたくしだからこそ赴く価値がある。この同盟にどれだけ真剣かを伝えるのに、百の言葉より雄弁に語るでしょう。それに」


 マルコは腰に差した剣の柄を軽く叩きながら言った。


「シュパーニエンには、知ったる者も多くいる。剣で語り合った仲です」


 冗談とも本気ともとれる言葉に、クリスティーナをのぞく文官武官が苦笑いした。


 だが議論の止まった議場に、どこから飛んできたのか蝿が一匹飛んでくる。


 イタリアーナの首都ヴェネチアは海に囲まれ、宮殿は木々に囲まれているから虫も多い。本来は虫が議場に入らないように下男下女が追い払っておくのだが……


 花に引き寄せられるミツバチのように、蠅は羽音をたてながらクリスティーナに近づいてくる。


 背後に控える付き人のヨハンネを手で押しとどめ、マルコの手が柄にかけられた。


 刹那の間の後、羽音はぴたりとやむ。


 その代わりに口元から肛門まで一刀両断にされた蠅が、議場の床に墜ちていった。

「クリスティーナに近づくな」


 抜く手も見せず剣をふるったマルコは、蠅の体液が付着した剣を布で丁寧にぬぐった後で鞘に戻した。


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