第2話 同盟
ドレスに着替えたクリスティーナが到着した議場は既に騒然としていた。
左に居並ぶ武官からも、右に居並ぶ文官からも喧々諤々の議論が交わされている。
だがヨハンネを従えたクリスティーナが数十人が座れる巨大な円卓の上座に着くと、一応の落ち着きを取り戻した。
一国の主という立場がつちかった威厳に加え、長年弓を引くことで得た堂に入った所作。立ち居振る舞いの美しさに加えた隙のなさは、万人に畏怖の念を抱かせる。
だがそれに加えてクリスティーナの美しさに皆見惚れていた。
イタリアーナ王国の名産であるレースをふんだんにあしらったドレスが彼女の魅力をいっそう引き立てている。
肘から先はレースの重ねが薄く、黒を基調とした生地からうっすらと彼女の白い肌が透けて見える。二の腕から胴体にかけてはレースを厚く重ねてあるために透けることはないが、胸元はひだを重ねるようなデザインになっており、腹部に下るにつれてそのひだのボリュームが急激に小さくなり、腰のくびれさえもわかるほどだ。
弓を引く際は胸当てに包まれている豊満な胸の形が強調されている。
「では、時間もありません。議論を前に進めましょう」
だが凛とした王女の一言で、居並ぶ重臣たちの表情に真剣さが戻る。
「東方の大国、トルティーア帝国の手によりエルサレムが陥落しました」
武官のその一言に、議場は再び騒然となる。
エルサレムとは、イタリアーナやその周辺国の宗教の聖地。預言者「ディオス」生誕の地とあって神聖視され、一生に一度は訪れることを夢見るものも多い。
だがその地に別の預言者、「タンジュ」が現れ、彼によって創始された宗教を奉ずる数百年トルティーア帝国に占領されていた。だが数十年前、諸国連合の軍により悲願であった奪還を成し遂げたのだ。
トルティーア帝国の中心部にあるため防衛も困難だったが、城塞と士気の高い騎士団、エルサレムにつながる港湾都市の確保によってかろうじて守られていた。
「エルサレムが落ちたとなると……」
「その周辺、港湾都市も危うい。貿易の一大拠点だぞ」
「聖地防衛の任についている騎士団は無事か」
議場は騒然となる。
「ええい、それはよい、それよりも今どうするべきかだ」
文官のトップである宰相の一喝にも意見がまとまらない。
クリスティーナが静まるように声を張り上げても、同じだった。場当たり的な意見とそれに対する反論、反論に対する反論が延々と繰り返されるだけ。
クリスティーナが頭を抱え、議論にも疲れが見えてきたころ。会話の熱がおさまってきた絶妙の間を見計らったかのように手が挙げられた。
「よろしいでしょうか?」
決して大きくはないのに、大勢の中でよく通る声。
他の文官や武官より頭一つは身長が低く、年のころはクリスティーナと同じくらいの十代後半。王家の紋章が刻まれた甲冑に身を固め、糸を編み合わせて精緻な模様が施された独特な剣を腰に差していた。
金色の癖っ毛と切れ長の瞳が印象的で、体つきは筋肉はついているものの細身。
クリスティーナの隣に座っていた少年の一言に、場が再び静まり返った。
「僕は武官です。戦場にも幾度となく出ました。小競り合い程度ですが、周辺国とも幾度となく矛を交えています。その感覚で申し上げますと」
議場の全員がかたずを飲み、少年の次の言葉を待つ。
「トルティーアと真っ向からやり合えば、勝ち目はほぼないでしょう」
議場が怒号に包まれ、屋根に止まっていた小鳥が驚いて一斉に羽ばたいた。
「なんと無礼な」
「軍の存在を否定する気か」
「全軍が決死の覚悟で戦えば不可能などない」
他の武官が口角唾を飛ばし少年に詰め寄るが、少年は意に介した風もない。
「精神論は結構ですが、士気が最も旺盛な騎士団が守るエルサレムはどうなりました?」
冷徹な反論に、武官たちは勢いを失った。
場の先輩を立てるように、少年は声の調子を和らげて話をつなぐ。
「ですが二千の騎士団で数万のトルティーア軍に善戦したのも事実。決死の覚悟や精神力は、勝利に必須なのも確か」
その言葉に武官たちは我が意を得たりとばかりに頷く。
「そ、その通りだ」
「だが、不利なのも事実だな」
「エルサレムでの戦いは数で劣っていたとはいえ要塞という地の利はあった。それを覆えすほどに敵将も有能ということか」
落ち着いてきたことで冷静な議論も武官たちから出始める。このあたり、腐ってもさすがは将軍というところか。
「その通りです」
場の雰囲気が感情論から冷静な分析へと切り替わってきたのを見計らい、少年は許されざる腹案を口にした。
「数の不利を埋めるため、シュパーニエン王国と同盟を組んでは」
その言葉に議場は再び混乱のるつぼと化した。
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