弓で帆船をぶっ壊す乙女の戦争。
霧
第1話 王女クリスティーナと付き人ヨハンネ
暖かみのある色合いの金髪に、凪いだ海のように澄み切った瞳。
雲一つない蒼天から降り注ぐ陽光の下、一人の少女が弓を引いていた。
心地よい弦音の音から一瞬遅れ、矢が的の中心を射抜く。
麦わらをより合わせ円形にした的に突き刺さった矢はすべて中心を射抜いていた。
「お見事です、王女殿下」
控えていた付き人が矢を拾いに行こうとするが、クリスティーナ王女は手でそれを制し自ら矢道を歩いて回収に向かった。
常人の視力では中心が霞むほどの距離に据えられた的、クリスティーナ王女と的の間には整地された土にわずかな下草が映えた空間が広がっている。その脇の通路、矢を回収するための道を矢道と呼ぶ。
弓を引き始めたころは的まで矢が届かなかったり、周囲を囲む網に矢が突き刺さったりと散々だった。それをクリスティーナ王女は矢道を踏みしめながら思い出す。
的に刺さった矢を丁寧に引き抜きながら、彼女はつぶやいた。
「う~ん…… 一射、心が乱れたかな。矢の乱れは心の乱れ! もっと頑張らないと!」
クリスティーナがその美貌に似合わず鼻息荒くこぶしを握り締めると、付き人がくすくすと笑う。
「あ、ごめんなさいごめんなさい。はしたない真似を……」
「いえ。それでこそ王女殿下ですから」
「ありがとう、ヨハンネ」
談笑する二人の下に、宮殿を囲む木々の隙間から風が吹いてくる。小高い丘の上に建てられた宮殿の庭にしつらえられたこの練弓場からは、周囲を囲む網越しに眼下の街が一望できた。
煉瓦を積み上げて作られた赤味ががった家々。練弓場からでは点にしか見えない人々の笑い声が、ここまで届いてくるようだ。
街は彼女の瞳と同じ色の海に囲まれ、港からは真っ白な帆をいっぱいに膨らませた船がさかんに出入りしていた。
潮の香が混じる風に、一つにまとめた暖かい色合いの金髪がたなびく。弓を引くための衣装である狩衣の裾が風でひるがえった。
「ねえ、ヨハンネ」
「なんでしょう、王女殿下?」
「わたくし、この街が好き。暖かな潮風も、街の活気も、行き交う人々の笑顔も」
ヨハンネはおべっかを使わず、クリスティーナと同じように街を眺めていた。
「でもこの美しい景色は、守らなくては色あせてしまう」
心得たかのように、ヨハンネはクリスティーナに一本の矢を渡した。
今までの矢と違い矢羽の色が深紅に塗られている。
再び練弓場に立ったクリスティーナは、深紅の矢を番えた弓をゆっくりと引き絞っていく。矢の先にある的をしっかりと見据え、弦を十分に引ききって矢からゆっくりと手を離した。力ある言霊と共に。
「フォーコ・フリーチャ」
心地よい弦音から一瞬遅れ、矢は寸分たがわず的の中心に突き刺さる。同時、的は一瞬で炎に包まれた。
成人男性でさえ一抱えするほどの大きさの的が、燃えやすい麦わらとはいえほぼ一瞬で真っ白な灰へと変わる。
「ヨハンネ。急ぎ、議場へ。服も替えを大至急用意」
「え? 王女殿下……?」
狩衣から袖を抜き、胸当てをはずし、身の丈ほどもある弓から弦を外しながら付き人に指示を出す。
「快速船に掲げられた深紅の旗…… あれは、緊急用の連絡よ」
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