お茶会の魔王【絵のない絵本】

@comingant

第一夜

どんな物にも流行り廃りがあり、

いつかは消え逝くのがこの世の常。

どう足掻いたってひっくり返せない、

終わりに向かって下り坂を降り始める

その瞬間は訪れる。

どうせこれ以上盛り上がることがないのなら、

どうせこれ以上幸せにはならないのなら、

いっそ頂点で終わるのも良いのではないか、

それこそが幸せなのではないか。

ふと聡明で美しい一人ぼっちの魔王様は考えてしまいました。


そんな魔王様は考える前に体が動くタイプでした。

善は急げ。

思い立ったが吉日。

気がつけば目の前には科学と魔術、

最先端の人類の叡智から

古代文明の喪われた技術までもが結集した

巨大演算装置、いうなれば絶対に当たるおみくじが鎮座していました。


魔王様は感慨深そうに装置を眺め、

なんの躊躇もなく動作させます。

装置はなんの問題もなく動き、

1つの回答をだしました。

それは、人類がこれ以上幸せになることのないタイミングでした。


魔王様はもちろん聡明だったので、

何度も検証をし、様々な可能性を模索をしましたが、

結果が変わることはありませんでした。

そして、その時はそんなに遠くはありませんでした。


様々な問題が置き、

どうすることもできず絶望的に滅び行く運命。

その現実に気づく一歩手前、

その瞬間に自分が責任を持って静かに、

眠るように終わらせよう。


魔王様は固く決心をしていました。

恨まれても、憎まれても、

間違ったことであったとしても、

苦しまず幸せに終われる

最高の瞬間をあたえられるのは

自分だけなのだから。


そして、その日は来ました。

青空は澄み渡り、暑くもなく寒くもない、

夏の訪れが近いことを草木が主張する

最高のピクニック日和でした。


魔王様は最後にもう一度装置を作動し、

終わるべき時間が変わっていないか確認を取り、

出かけていきました。


目指すは世界の中心です。

といっても、磁場や魔力、

諸々な要因から人類を終わらせるのに

最も適している場所という意味ですが。


そこは、とてものどかな草原でした。見渡す限りの原っぱ。

大きな木々もなく、ところどころ花畑のある、

それはそれはピクニックにもってこいの場所でした。


人里離れており、

交通の便も悪い、その秘密の場所は魔王様のお気に入りの場所でした。


誰もいないその場所で黙々と人類最後の瞬間の為に準備をする……

はずでした。

誰もいないはずのその場所に、

一人の少女が当たり前のように……そう、ピクニックをしていました。


こんなにもいい天気、こんなにも素敵な場所、

ピクニックをしたくなるのも仕方がないことでしょう。

小さな少女がこんな所に一人だけというのは少し不可解ではありますが、

魔王様は細かい事は気にせず、彼女に声をかけようと……


「こんにちは!」


少女は魔王様が声をかけるよりも早く、

明朗な、その日の青空のように澄み渡った声で挨拶をしました。

魔王様もあいさつを返します。


少女は魔王様の少し暑苦しくも見える格好を見て、

なぜこんな所にいるのだろうと疑問に思います。

少女もまた考えるより先に動くタイプでした。

気がつけば魔王様に質問攻めをしていました。

魔王様は聡明であり、そしてとても律儀で礼儀正しい方でした。


一つ一つ丁寧に答えます。

少女には正直な所、

世界がこれからどうなるか、

人類の幸せとは何なのか、

まだ小さい自分にはわからない事ばかりだなぁと思いながら魔王様とお話をしていました。

気がつけば魔王様の話だけではなく、

少女は自分自身の話もしていました。

なぜ今日は一人でこんなところでピクニックをしているのか、

自分は何が嫌いで何が好きなのか。

自分の好きな食べ物の話をしていると、

少女のお腹が大きな音を立てて鳴りました。

少女は持ってきたバスケットを開き、

魔王様をお茶会に誘います。


魔王様はまだ時間にも余裕がある事だし、

最後に少しくらい付き合っても良いだろうと

お受けしました。

そしてまた、いくつものお話をしました。

少女の話、魔王様のお話。

少女と魔王様は幸せな時間を過ごしました。


魔王様は初めて人間の食べ物を口にしました。

彼女の作ったアップルパイは

魔王様の心を動かしました。


いえ、美味しかったから……という話ではございません。

きっと、少女との時間がかけがえの無いものだったから

魔王様は思ってしまったのでしょう。


もしも、もしも自分が世界の為に立ち上がったのなら……と。


少女は小さな懐中時計を見て、

魔王様にそろそろ時間だから帰らなければいけないと伝えます。

魔王様も、そろそろ準備を始めなけばいけない時間でした。

少女は去り際に魔王様に声をかけました。


「また、こうして貴方とお茶会がしたい」と。


これで魔王様のお話はおしまい。

え?世界はどうなったのかって?

このお話を聞いてるあなたがいるんだから、

きっと魔王様は立ち上がってしまったんでしょう。

魔王様と少女の話が聞きたい?

それじゃあまた今度、二人の冒険についてお話をさせていただきますね。


今日はこれで、おやすみなさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お茶会の魔王【絵のない絵本】 @comingant

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る