缶コーヒー
散歩というには時間が遅すぎる気もするが、ともかく。
なんのかんので隣を歩く彼女と空を見る。
正直、もっと星が綺麗に見える場所を知っているのだけれど、そこまで歩くにはいささか闇が深すぎる。熊に遭遇しかねないし。
「ど? あきん家よりはきれいにみえるかな?」
「どうだろ……、あんまり星とか見ないからな」
「もったいないなあ。せっかく田舎に住んでるんだから。暗い夜なんてものも中々珍しいものかもよ?」
「暗すぎるのも困ったものだけれどね」
「それはそうだ」
外へ出ると家にいる時とはやはり空気感が違って、それはあきとの感じも含まれていて。
家の中では常に緊張気味だったあきも多少は力を抜けているように見えた。
パジャマのままでは寒いから、と上にカーディガンを羽織って外を歩く。
少し高い丘のほうまで歩くとさっきよりは星が綺麗に見える。
道中で買った自販機の飲み物を飲みながら、廃墟となった駅のべンチに腰を下ろす。あきの方をちらりと見ると、黙って空を見つめていて、こちらの視線に気づいてようやく拳一つ分ぐらいのスペースを空けて隣へ座る。そのまま立っているつもりだったんだろうか。
空を見上げるときらきらと綺麗な星が見える。私は目が悪いから眼鏡をかけないと見えないんだけど。ポケットに乱雑に突っ込んだ眼鏡を取り出して、そのままかけた。
「かえで、眼鏡かけるんだ」
意外そうな顔をしたあきが缶コーヒーを飲みながら熱い息を吐く。少し解像度の良くなったあきの顔はいつも通り。頑張れば瞳の奥のわたしが見えそう。
夏なのにここら辺は割と涼しい。近くには清流が流れていて、水の流れる音が聞こえてくる。それにがっつり森林なのもあってか、割と涼しい夏を過ごすことができる。
なお、家の中はめちゃ暑い。不思議。
「学校ではかけてないね。席前のほうだし。ちょっと目が悪いだけ」
「へー……、なんか知的な感じがする」
「普段はちゃらんぽらんに見えるってこと?」
冗談交じりに会話を交わす。普段に近い空気感。やっとあきも本調子らしい。
「違うよ」と軽く笑ったあきが空を眺めた。
「綺麗……」
ね、と首肯して私も空を眺めた。
正直星とかよくわからないけれど、天の川とか、そんな感じ。
あれ、それって八月とかだっけか。
この時期には星がよく見える。きらきらしていてきれい。事細かに言葉にできない語彙が恨めしい。
一つ一つ、いつも空から眺めている彼らは夜にしか姿を現さない。
普段は太陽の光の陰に隠れてしまって、自己主張をしてこないから。
あんなにきれいな星も、たった一つの大きな巨星には敵わないのだと考えると宇宙も中々世知辛い。
「もっともっと、たくさん星があるんだよねぇ」
「かえでは意外とロマンチスト……?」
「そうでもないよ。リアリストではないだけかな。現実を見ていると疲れちゃうでしょ?」
手の届かない、遥か彼方へ思いを馳せると少しは気が軽くなるだけ。
別に星を見るのが好きなわけじゃない。
「先生は家の両親は年に一回帰ってくる、そう言ってたんだっけ」
「……何の話?」
「まま、ちょっとおセンチなお話をあきにならしてもいいかなって」
それで、どうなの、と問う。さっきまではよく見えたあきの顔がよく見えない。
陰に遮られて。あきはただ頷いて、何も話さない。可能ならば軽い雰囲気のまま話したかった。
そもそも話さないのが一番、それはそうなんだけど。胃から食道まで昇ってきてしまった言葉はもう喉先にまで出かかっている。喉をチクチクと刺激して、出たがっている。今更飲み込むこともできなくて。
なんでか自分でも気づかなかった古傷をあきに刺激されていた。
懐かしさを感じてしまったから。
「先生も酷な言い回しをするよね」
「……どういう」
さすがのあきでも察するのかなと、飲み物に口をつけて話を濁す。文字通り、お茶で濁す。なんて冗談を思いついて口ずさんでも、あきはくすりとも笑わない。冷たいなあ。お茶も、これもそれも。
「ちょっとちょーだい」
「……ん」
素直に手渡された、温かい缶コーヒーに口をつける。微糖なんて書いてある割には苦い。あきにそのまま手渡して、ついでに手を少し触る。あきがぷるっと震えたのは寒さからか、それ意外か。ずっと缶コーヒーを握っていたからか仄かに温かい。
「うちの両親ね、もう死んでるの」
「…………」
「って出会って一か月や二か月そこらの同級生に何話してるんだろうね、私」
沈黙が続いて空を眺める。あきは目を見開いて私を見ている。
ただ、どこか納得したような様子すら感じさせた。
「……いい人、だった?」
「ううん、どうだったかなあ」
「そっか」
見るからに傷心気味な私になんてことを聞くんだ、と突っ込んでやろうかと思ったけれど、悲しくなるだけだ。胸の中に収めると埋まらない隙間がきゅうきゅう泣いた。案外私も寂しさってやつを感じているらしい。
「コーヒー、飲む?」
「苦いじゃんか、それ」
「お砂糖入ってるよ」
「……じゃあ、もう一口だけ」
拳一つ分空いた隙間を埋めてあきにくっつく。今回は特にリアクションが返ってこず、そのまま隣の小さな肩に頭を預ける。口につけた缶コーヒーはやっぱり苦い。
口の中が苦みに支配されてミッフィーみたいになっちゃいそうだ。
「苦い」
「いつかわかるよ」
「何大人ぶっちゃってんのさ」
「かえでに肩を貸せるぐらいには、大人かな」
「らしくないね、しゃれた言い回しするじゃんか」
「……わたしだって冷静な時間ぐらいあるよ」
「普段パニック気味なのは自覚してたんだなあ」
「……記憶にございません、誠に遺憾ながら」
「大人通り過ぎて政治家になっちゃった、それも結構アレな感じだ」
へへへ、っと二人で笑いあう。あきと自然に笑いあったのは何気初めてだったかもしれない。
「もうそろそろ帰る?」
「……もう少しだけ、肩貸して」
「胸、貸そうか」
「触っていいの?」
「セクハラだよ」
「んふ」
まだ口の中は苦いけれど、甘いものに全身包まれている気がした。
次の更新予定
隔日 19:50 予定は変更される可能性があります
かえでさんはめんどくさい 待雪るり @MachiRuri
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。かえでさんはめんどくさいの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます