血は何処までも紅く染まる。‐ワインとドレス‐
朧塚
ワインとドレス 1
1
「真っ赤なドレスがコレクションとして欲しい」
闇の骨董屋であるデス・ウィングはパラパラと本をめくりながら呟く。
「なんだよ。赤いドレスなんざ、何処にでも売っているじゃねぇか」
あらゆる闇ビジネスの何でも屋のようなものを勤めているセルジュは気怠そうに返した。
デス・ウィングは本のページをめくる。
魔女狩りや吸血鬼伝説に関する書物だった。
「沢山の人間の生き血を吸ったドレスだ。『殺人者のドレス』と呼ばれている。部屋にインテリアとして飾りたい。行ってくれないか?」
この悪魔は、とても楽しそうな顔をする。
人間の残酷の産物を集めたコレクションがひしめく店内。
それは彼女が生きる拠り所にしているかのように集めたものだ。
「いつも通りに行ってくれるかな?」
彼女は足を組んで楽しそうに笑った。
「まあ、いつも通りにそれなりの報酬をくれれば行くけどさ」
そういうわけで、セルジュは教えられた場所へと赤いドレスを手に入れに向かう事にした。
†
そこは吸血鬼伝説と魔女狩りの伝説が残る村だった。
セルジュはいつものように、猟奇殺人鬼の少女であるイリーザを連れて、この街へと訪れた。二人とも赤を基調とした服を着ていた。セルジュは真っ赤なゴシック・ドレス。イリーザは真っ赤なパンキッシュの服を纏っていた。イリーザは髪の毛も少し赤く染めていた。
この街では“赤い服”が好まれるとの事だった。
「なんか私好みの街よねー」
イリーザは相変わらず無邪気にはしゃいでいた。
街に辿り着くと、住民達は聞かされた通り、真っ赤な衣服を身に着けていた。まるで、みなが血塗れの服を纏っているかのようだった。この街の風習なのだと聞いている。
「あんな風に真っ赤な服ばかり着ていると、ナイフで刺しても面白くないわね。真っ白な服とかにザシュ!ザシュ!って刺していくのが物凄く面白いのに」
イリーザはつまらなそうな顔をする。
「ああ。もう本当にお前ってそればかりだよな」
セルジュは呆れた顔をしながら彼女の話を聞き流した。
そして二人は宿に辿り着く。
宿も真っ赤な壁や床になっていた。
二人は前払いの料金を払うと、部屋へと案内される。
部屋の中も真っ赤に染まっており、真っ赤なベッドのシーツが眼をひいた。
「それにしても、この街は心地がいいわ。しばらく滞在しよっか?」
イリーザはベッドの上に座りながら、半透明な真っ赤なテーブルを使ってナイフを研いでいた。
「何もかも、赤くて赤くて赤くて、眩暈がしそうだ。人間って同じ色ばかり広がっていると頭がおかしくなるんだな」
セルジュは頭を抱えながらソファーの上に横たわる。
街に入ってから、気分が悪い。
同じ色ばかり見せられると、こうも気持ちが悪くなってくるのか。
しかも、赤は血の色だ。
今回の依頼は“この街で一番、赤いドレス。沢山の人の生き血を吸ったドレス”を手に入れる事だった。
博物館とかにでも飾っているのだろうか。
だとしたら、強奪するしかないか。
住民達から話を聞いた限り、街の中央には『バートリィ城』という場所があるらしい。
そこは、街を収めている君主がおり、この街を統治しているらしい。
行く為には、馬車に乗って行かないといけないらしいが、城は森に囲まれており、森には君主が解き放った魔物が多い為に、馬車は魔物の出ない決まったルートで向かわなければならないらしかった。
「さてと。今日は街に来るまでに疲れたから、歯を磨いでさっさと寝るか。イリーザ、お前はどうする?」
セルジュは訊ねる。
「私は宿の食事が食べたいかなあ」
セルジュは歯ブラシを眺めながら、ブラシ部分の白さに安堵感を覚えていた。
正直、赤い色以外の色彩を見なければ発狂しそうだ。
セルジュは街にあるものから、緑とか、空の灰色や地面の黒などを眺めながら正気を保とうとしていた。
人間は同じ色ばかりの場所にずっといると発狂すると聞く。
「いいぜ。せっかくだから、晩御飯食うか。食事の中に赤い色以外のものが混ざっているといいな」
「うん、うん!」
イリーザはうきうきとした表情をしていた。
「人の肉とか出してこないといいな。一応、そういう風に注文しないとなあ」
セルジュは小さく溜め息を付く。
†
結論から言うと、一応、街では人の肉の売り買いはされていないらしかった。
真っ赤なボルシチと真っ赤なワイン。
真っ赤な血の滴るローストビーフを食べながら、赤いレタスの乗った料理をセルジュとイリーザの二人は泊まっている宿で提供された。
「料理の味はどうかな? 私は美味しいいなあ」
イリーザは無邪気な顔でローストビーフの肉を切り分けて口にしていた。
食器類は銀色をしている。
セルジュは心を落ち着かせる為に、食器を眺めていた。
「なんでナイフやフォークは紅く染められていないんだろう?」
イリーザは素朴な疑問を口にする。
「肉やソース、スープなんかが赤いだろ。食事する時も汚れ落とす時も困るから、赤に染めてないんだろ。歯ブラシのブラシの部分もそうだった。その辺りは合理的なんだな」
「そ。私はフォークやナイフも赤色でも面白いと思ったんだけどね」
イリーザは宿の店員に聞いてみた。
宿の店員は快く、実は用意していたらしい赤いフォークやナイフ、スプーンをイリーザに渡す。イリーザは楽しそうに食器を持ち換えて食事を続けていた。
「マジでお前、おかしいって。気持ち悪くならないのかよ」
セルジュはゲンナリした顔になる。
「セルジュ食べないの? 明日は大変かもしれないよー」
「食うよ。でも内臓の海に落とされたみたいな感覚がずっとあって、気持ち悪くなりそうだ」
セルジュはガツガツとローストビーフを口の中に押し込んだ。
†
歯を磨いてシャワーを浴びた後、髪を乾かす。
バスタブやシャワー、壁のタイルなども真っ赤なので、流れ出る水の仄かな青。手の中、自らの黒髪に滴る水の色を見て心を落ち着かせる。当然のようにバスタオルも赤だ。セルジュは紅い寝間着に着替えて、赤いベッドの上に横たわる。
……正直、何もかもが不快だ。
まるで自分が巨大な化け物の胃袋に飲まれて、全身が圧死したり、全身を針で刺されるような感覚に陥る。きっと今日は悪夢を見るだろう。
イリーザは楽しそうに、隣のベッドではしゃいでいた。
「風呂入れよ、臭ぇーよ」
「うーん。そんなに私、汗臭いかなー?」
「臭ぇーって」
セルジュは腹立たしい顔をしながら、ドライヤーで濡れた髪を乾かす。
「分かったー。入るー。覗かないでねー」
「覗かねぇよ」
セルジュは中々、髪が乾かなかったのでイライラする。
バスタブに入ったイリーザは鼻歌を歌っていた。
しばらくして長い黒髪を乾かし終えると、セルジュは今度こそ眠りに付く。
天井も真っ赤だ。
天井が巨大な化け物の歯茎のように見えた。
†
案の定、悪夢を見た。
化け物に全身を喰われるろくでもない夢だった。
セルジュは真っ赤なドレスを翻しながら、この街の君主が住んでいると言われている場所へと向かう事にした。
君主は山の上にある城に住んでおり、馬車でそこに向かわなければならない。
ご丁寧に、馬も赤毛のものが使われていた。
セルジュとイリーザは馬車の代金を払って、城へと向かう。
森の葉も木々もご丁寧に真っ赤な品種だ。
まるで、紅蓮の炎が山全体を覆っているかのようだった。
しばらくの間、馬は山の道を走り始めていた。
一時間程、経過しただろうか。
御者は困った顔をする。
「道が幾つか壊れていました。魔物が襲ってくるかもしれません」
真っ赤に塗られた十字架を握り締めながら、御者は震えていた。
「おい。お前、何年、この仕事しているの?」
セルジュは不快そうな顔をしていた。
「こんな事は珍しいのです。もしかすると、君主様がよそ者を嫌っているのかも」
「あ、そう」
セルジュは腰元に得物の柄を握り締める。
近くから、巨大な怪物が姿を現した。
それは巨木程の大きさの巨大な真っ赤なヘビだった。
まるで、血管そのものを抜き出したような姿をしていた。
セルジュは柄から得物を引き抜く。
刃の代わりに、多頭の狼の頭が現れて、現れた赤いヘビへと襲い掛かる。
セルジュは面倒臭そうに、真っ赤な怪物を撃退したのだった。
それからしばらくして、何度か魔物に襲われながらも馬車は城へと辿り着く。
バートリィ城。
壁やステンドグラス、尖塔などが、真っ赤に塗り潰されたその城は、不気味にそびえ立っていた。
しばらくして、扉が開かれる。
城の中は真っ赤な回廊が広がっていた。
†
二人は謁見の席に案内される。
城の君主はフリートという名の真っ赤な王冠と真っ赤なドレスを纏った女だった。髪の毛も真っ赤だ。
「それで“人の生き血によって染色した真っ赤なドレス”を求めて、この地にやってきたのですね?」
フリートは陽気そうな顔をしている。
「ああ。タダとは言わねぇ。言い値で買う。俺の依頼主は言い値で買ってくれるそうだ」
「そうですね。確かこの城の何処かに置いております。探す為に城内を一緒に見てみませんか?」
女王フリートは楽しそうに言った。
そして、三名は城内の見て回る事になった。
真っ赤な図書室。
本棚も、本の背表紙も全て真っ赤だ。
真っ赤な博物室。
置いてある恐竜の骨や調度品など全てが真っ赤に塗られている。
真っ赤な天文台。
天体観測の道具が全て真っ赤に塗り潰されており、地図や天球儀なども全て真っ赤に塗られている。
真っ赤な絵画室。
全ての絵画が真っ赤に塗り潰されている。有名な裸婦像や風景画。宗教画などが全て真っ赤な複製品として展示されている。
真っ赤な地下牢。
牢獄も真っ赤で拷問道具などの類も全て赤く塗り潰されていた。もはや血痕なのか元々の色彩なのか分からない赤が広がっている。
全ての部屋が装飾品が、家具が赤く、赤く赤く赤く染め上げられていた。
イリーザは城内巡りをとても楽しそうな顔で見ていたが、セルジュは完全にぐったりとした表情をしていた。もはや赤色以外の色彩を見ないと発狂しそうになりそうだ。
そして、最後の部屋に辿り着く。
「確か、この部屋に入れていたかもしれません」
フリートは部屋の扉を開ける。
すると中には、一際、真っ赤に……いや、赤黒く染まったドレスが透明なガラスケースの中に展示されていた。
血は何処までも紅く染まる。‐ワインとドレス‐ 朧塚 @oboroduka
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