第8話 己が信念のために

「聖凪……?」


 呼びかけるも、聖凪は俺を手で制し、


「ダンジョンの前で幸守にあんな酷い態度をとっておいて、自分たちがピンチになったから助けて欲しい? 何ふざけたこと言ってんの。そんなの引き受けるわけないじゃん」


 忌々しげに白石を見下ろす。

 あまりに冷たい眼差しに白石は、小さく怯えるような素振りを見せるも、


「俺らがアンタらに助けを求める資格がないのは分かっている。それでも、一人でも多く救援を連れて戻らないとマジで中島たちが死んじまう……!」


「だったら、私らじゃなくて早く他を当たりなよ。探せば、戦ってくれそうな探索者はまだ残ってるでしょ」


「勿論、途中で遭遇した連中全員に頼んださ! でも、誰も応えてくれなかったんだよ! 当然だ、上層にいる奴らの殆どは〈魔物異常発生〉に遭遇したことがないどころか、まだ一度も中層に潜ったことすらもないんだからな」


 白石の言う通りだ。

 国分寺ダンジョンは学生や新人探索者向けとされているダンジョン。

 櫂盟高校の生徒を除くと、ここがダンジョン初挑戦だという人間も多い。


 そういう人らからすれば、今の状況はまさにイレギュラー中のイレギュラー。

 自分のことだけで手一杯になっていても何もおかしくはない。


「だったらわざわざこっちに引き返さないで、中層に進んで助力を求めればいいんじゃないの?」


「無理だからこっちに来たんだよ! 中層に続く道は、あの配信者が障壁で塞いでしまっているし、行こうとすれば邪魔してくるせいでな。一応、騒ぎを聞きつけて中層から戻ってきた人間はいるけど、向こう側の強度を底上げしているせいでなかなか障壁を破せないでいるはずだ」


『そうみたいだね。今、中層から戻ってきた人たちが必死に壊そうとしてるけど、まだ当分破壊できそうにないかも』


 ……なるほど。

 嘘は言っていない、と。


 それはそうと、やってることがあまりに計画的だ。

 声だけだと全然知性があるようには思えなかったけど、どうやら思いつきだけで事を起こしたってわけじゃなさそうだな。


「それで私たちに縋ったってわけ。……頭おめでた過ぎ。本当にアンタらには——反吐が出る」


「そんなこと分かってる! でも、もう頼れるのはお前らしかいないんだ! もう、お前らしか……!」


「俺たちしか……?」


 訊き返せば、白石はぶんぶんと首を縦に振り、額を叩きつける勢いで地面に擦り付けた。


「この通りだ! お礼はいくらでもするし、もうお前に今後一切手出しもしない。アイツらにも徹底して守らせる。だから……アイツらを助けてくれ!」


「幸守、こいつらの言うことは聞かなくていい。特殊部隊も動いているというのに、わざわざ首を突っ込む必要なんてどこにもない」


『……私も聖凪ちゃんと同意見。ずっと磨央のことを苛めていた人たちのお願いを聞く義理なんてどこにもないよ』


 千里も聖凪の言うことに同調する。


「……そう、だよな」


「そんな、幸守……!!」


 正直に言えば、心は拒絶感を示している。


 ——コイツらを助けたくなんかない。

 ——勝手に野垂れ死ね。

 ——今まで俺を散々な目に遭わせてきた報いを受けろ。


 俺の胸から漏れ出る確かな本音だ。

 多分、ここでコイツを見捨てても天罰は下らないだろう。


 だけど——、


「白石、さっさとアイツらのいるところに案内しろ。千里、悪い。レーダー上に反応する魔物の情報を洗い直してくれ」


「……へ?」


 白石から間の抜けた声が漏れる。

 きょとんした顔で俺を見上げる。


「幸守!」


『磨央!』


「分かってる。俺がコイツらを助ける筋合いなんかねえってことも、わざわざ死ぬかもしれない場所に行く必要もねえことも」


 そんなことは、言われなくても重々承知してる。


「この際だしはっきり言っておくが、お前らが俺を嫌っていたように俺もお前らのことなんか大嫌いだ。俺を散々馬鹿にして苛めてきた連中だ。好きになれる要素がどこにある?」


 言いながら俺は、白石の襟元を掴み上げる。


「ひぃっ……!?」


 普段であれば、こんなことをしようものならブチギレられて喧嘩……というより一方的にフルボッコにされるだろう。

 しかし、白石に抵抗の意志はない。

 魔物の大群から辛々逃げ延びて疲弊しているのに加えて、俺の返答一つで奥で戦っている二人の命運が変わるからだ。


「でもな……手を伸ばせば、助けられるかもしれない人間がいるんだ。それなのに、ここで動かずにコイツらを見捨てでもしたら、きっと俺は……本当に大切なものを守りたい時にも同じように動けなくなってしまう」


 そんな弱い人間だってことを知っている。

 自分でも嫌になるくらいに。


 だからこそ、俺の答えは一つだ。


 ——逃げずに助ける。


 好きも嫌いも関係なく、俺の手が届く限りは助けに行く。

 これが偽善や綺麗事でしかなくとも、この信念は絶対に曲げない。

 俺が俺自身である為に。


「すまん、聖凪。俺は……俺だけでも中島たちのところに行く。お前は先にダンジョンの外に脱出しといてくれ」


 返答は返ってこない。

 聖凪は、呆れ顔で暫し黙りこくったまま俺を見つめ、それからようやく小さくため息を溢した。


「——本当に損な人。……まあでも、仕方ないか。だったら私も一緒に行くよ」


「……いいのか? でも、なんで」


「言ったでしょ。損をさせたお詫びに探索を手伝うって。それに道中で戦える人間は一人でも多いに越したことはないし、そもそも幸守単騎で戦っても大して戦力にはならないだろうから」


「聖凪……」


 一言余計だっつーの。

 事実だけど。


「すまねえ、本当にすまねえ二人とも……!」


「そういうことだから、千里もサポート頼む」


『……はあ、分かったよ。磨央がそれで良いなら、私から何も言うことはないよ』


「悪い。それと、ありがとな」


『お礼を言うのは後。今は目の前のことに集中して』


「……そうだな」


 気を引き締め直し、俺は白石の腕を掴んで引き上げる。


「急ぐぞ、時間がないんだろ?」


「……ああ、恩に着る!」


 そして、すぐさまダンジョンの奥へ急行することにした。

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学校一落ちこぼれの俺が盾を召喚するだけのスキルで現代最強のダンジョン探索者に成り上がるまで 蒼唯まる @Maruao

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