第2話 黒いビニールテープ

 今度は僕が入院していた時の話です。

その病院は、リハビリに力を入れている病院でした。車椅子を卒業して、杖を使って歩けるようになった頃です。ある日、杖を使って歩いていると、床に眼鏡を落としてしまい、しかも運が悪い事にそれを足で踏んづけてしまったのですよ。


「ああ~~~っ、しまった~~っ!」


 杖を使って歩くとどうしても体が不安定に上下に揺すれるので、眼鏡とかすぐにずり落ちてしまうんですよね。それで落ちた眼鏡を踏んでしまったものですから、レンズは割れなかったものの、フレームが変な風に曲がってしまったんです。僕は極度の近視で、眼鏡が無いと何も見えないものですから、すぐ眼鏡屋さんで修理してもらうように見舞いに来た兄に頼んだのです。それで曲がった眼鏡を持って帰ってもらったんですが、その後兄が言うには眼鏡屋さんに『直せない事はないが、このフレームは既にクラック(亀裂)が入っているので、修理するより同じ型の新しいフレームを買った方がいい』と勧められたらしいのです。


「別にそれでもいいけど、同じ型のフレームなんてあるの?」

「いや、取り寄せになるけど2~3日で来るらしいよ」


 つまり僕は、2~3日眼鏡無しで過ごさなければならないのでした。そして、次の日の朝の事です。朝食の後、僕はいつものようにトイレへ行ったのです。なぜ朝食後にトイレに行くのかというと、食堂の近くにトイレがあるからです。一度病室まで戻ってしまうと、トイレが遠くて大変なのですよ。 『それがリハビリだろ』と言われればそうなんですが、尿意や便意を催しながら長い距離を歩いたりすると、事にもなりかねないのです。


 僕がトイレの個室に入り便座に座っていると、ふと目の前の床に何か黒い三センチ位のビニールテープが落ちている事に気が付きました。

(なんだあれ……なんであんなところにビニールテープなんて貼ってあるんだ?)

どうしてそれをビニールテープだと思ったのかというと、前の日に別の方の腕のリハビリ用の道具を作る為に、作業療法士の先生が丸めた新聞紙に黒いビニールテープをぐるぐる巻きにした棒をいくつも作っていて、それが印象に残っていたからかもしれません。そんな事を考えていた時、誰かが僕の入っている個室のドアをノックし始めたのです。鍵が掛かっているのだから入っているに決まっているのに、外の人は我慢が出来なかったんでしょうか?


「すいませ~ん、まだ入ってます!」 そう、ドアの方を向いて答えると、

外からはましたが、ノックは止みました。

(まったく、ウ〇コくらいゆっくりさせてくれよ……)

そうして再び顔を正面に向けた僕はその時、なにか言いようもない違和感を覚えたのです。

(あれ?……なんだこの違和感は……………)

なんだかわかりませんが、確実にさっきとなにかが違っているのです。

 僕は注意深く視点を少しずつ動かしていったのです。


(…………………………………………………………………!!!!!)




そんなバカな事があるでしょうか?ビニールテープが移動するなんて!

最初にも書きましたが、僕は極度の近視なんです。眼鏡が無ければなんにも見えないのです。しかも眼鏡はまだ取り寄せ中で今は眼鏡が無いのです。


(だったら、あの黒いのは何なんだ?)

といえば、答えはただひとつ僕が最もキライな生物、


(Gだ……………こんな所に現れるのは、Gしか考えられない!)

Gなんて、見るのも嫌です。この際見えなかったのは不幸中の幸いかもしれない。

僕は急いでウォシュレットでお尻を洗い、ズボンを穿いてトイレを流し個室の外へ出ました。その時、僕はおそらくさっき外からノックしてきたであろうおじいさんと目があったのです。

「あ…………」

僕が何か言う前に、おじいさんは僕が入っていた個室へと飛び込んでいったのです。






「うひゃあああああああ~~~~~~~~~~~っ!」





あれって僕が悪いんでしょうか?


おわり

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怖そうで怖くない少し怖い百物語 夏目 漱一郎 @minoru_3930

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