怖そうで怖くない少し怖い百物語

夏目 漱一郎

第1話 病院のエレベーター

 『病院』という場所は、それだけで既にちょっと怖い雰囲気がほのかに感じられませんか?


事故に遭い心肺停止状態で救急搬送されてくる重傷患者。


現代医療でも治療困難な難病で、長期の闘病生活の末に亡くなってしまった患者さん。


 病院というのは、その性格上全ての患者さんが無事に退院出来る訳ではなく、そのうちの何割かの人は医療従事者による懸命な治療の甲斐もなく、命を落としてしまうのです。

では、その亡くなった方のご遺体はどうするのかと言うと、大抵の総合病院には設置されている地下の遺体安置所で保管され、葬儀関連の業者に引き渡されるのが通常だと思います。そんな、命のやり取りがリアルに行われている場所だからこそ、病院というのはなにか特別な独特の雰囲気というものを醸し出しているのかもしれません。


 僕がまだ高校三年だった時の話です。僕の親友のNが箱根の峠道でバイク事故を起こしました。


 慌てないで下さい、死んではいませんよ。 不幸中の幸いで命に別状は無かったのですが、バイクで転倒した際に右足を骨折してしまったのです。Nは救急車で地元の総合病院に搬送され、そのまま入院する事になりました。


 『Nがバイク事故で入院した』という情報はすぐに僕達の間に広まり、高校三年とはいえ大学受験の予定も無い僕と友達のHは、暇だった事もあってすぐにNが入院している総合病院へと見舞いに出掛けたのです。


 「見舞いに何か買って行った方がいいよな?やっぱり」

「そうだな、骨折で内臓が悪い訳じゃないんだから食い物とかで良いんじゃね?」

「そうだな、とりあえず菓子でも買っていくか」

高校生でまだお金もそんなに無かった僕達は、スーパーで買った大量のお菓子、そして僕は退屈な入院生活の暇つぶしの為にジグソーパズルを、そして友達のHはどこで手に入れたのか、スウェーデンからの輸入品と思われるを持ってNが入院している病院へと見舞いに行ったのです。


 「お前ふざけんなよ!こんなの病室に置いたら、恥ずかしくてしょうがねえだろうがっ!」

「ほら、だから言っただろ。って」

「え―――っ!これ手に入れるの結構苦労したんだけどな」

「頼むから持って帰ってくれよ、マジで」


 Hの見舞品には参りましたが、退屈な入院生活を送っていたNは僕達の訪問を歓迎してくれました。まだ車椅子状態のNの車椅子を二人で押して、僕達は病院の中をあちこちと探索して回ったのです。

「おらおら、もっとスピード上げるからしっかり掴まってろよ!」

「お前ら、カーブはもっとゆっくりいけよ!ひっくり返っちまうだろっ!」

僕達は、当時流行っていたF1のテーマソングを口ずさみながら、病院の廊下を結構なスピードで走り回っていました。(よい子はマネしないように!)そして、通常のエレベーターよりも一回りサイズの大きい扉の前に来た時、僕はNに質問をしたのです。

「なあ、このエレベーターなんか普通と違うよな」

すると、僕の問いにNはこんな事を教えてくれたのです。

「ああ、そのエレベーターは地下の『遺体安置所』に繋がってるんだよ」

「えっ、この病院『地下』なんてあったっけ?」

「それがあるんだよ。普通の患者は使わないから知らないだけで」

そう言われてよく見ると、そのエレベーターの上部には地下を表す『B1』の表示がありました。このエレベーターを使って、患者さんが亡くなる度に遺体を遺体安置所まで運んでいるのか……そう思うと、そのエレベーターには、何か特別な霊的なものが宿っているのではないかと思えて来ました。そして、その時でした。その『B1』表示が光り、エレベーターが上に上がってきたのです。

「ヤベッ!上がってきたぞ!」

緊張の面持ちでエレベーターのランプを凝視する僕たち。やがて、そのエレベーターは僕達の目の前で止まり、ドアが開いたのです。



「………乗りますか?」



「いえ……だ…大丈夫です……」



怖そうで怖くない、少し怖い話でした。


おわり

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