第4話 エコさんの話④「週末の勉強会」


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 アルフさんとの勉強会の日。

 お昼前。

 剣と友社、本社棟1階ロビー。

 カフェの併設された応接スペース。


 ほとんどの社員は自部署の会議室を使うか外に出てしまうので、この応接スペースはいつも空いている。

 丸机の集まっているゾーンは編集部付きの冒険者さん達の溜まり場になっており、皆さんいつも賭け事に興じ盛り上がっている。


 その横の窓際の長机がわたしたちのいつもの場所。

 向かいにアルフさんが座っている。


 アルフさんは出入りの冒険者さんの一人で、狼系の獣人男性。


 しゅっと鼻が長く、高身長。

 銀の毛並みに手先と顔が漆黒で、表情がわかりにくい。

 最初に出会った時、鋭い眼差しが闇に光るようで正直怖かったです。ごめん、アルフさん。


 青緑のキャップスリーブシャツにグレージュのハーフパンツ。

 狼系のチャームポイントであるシッポがモフッと膨らんでてかわいい。


 彼は本の取材を手伝ってくれる外部スタッフで、護衛のプロフェッショナル。

 わたしの仕事のパートナーだ。


 そして互いに用事の無い週末、二人で勉強会をしている。

 なんとわたしが先生! 作文を教えています。

 自身の冒険録をより良きものにしたいというのがアルフさんの目標で。


 出版社務めで冒険職「吟遊詩人」のわたしにこそできる事、なのです。


 こればかりは無い胸を張っても良くないですか?



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「では次回の宿題ですけど、アルフさんが…そうですねー… 仕事の後など、じぶんへのご褒美に食べる好物などありましたら、その食レポを書いてきてください」


「食レポ…ですか」


「ですです。美味しかったー!…だけじゃなくて、読む人が想像の中で味を再現できるようなディティエールを描写してください。ちょっとした思い出とか付け加えるのもよいです」


「はい。わかりました」


 アルフさんはメモをとり、少し考えて頷いた。


「……イズミさん、今日は剣の練習はどうしますか?」


「いつも通りお昼ごはんのあとに…と言いたいところなんですけど、今日はちょっと相談にのって欲しい話がありまして……」


 リアナの事を聞かなければ。


「今日は後ろに予定が無いので、どちらも付き合えます」


 いい人だー。

 彼はこのキレッキレの鋭い目付き(怖い)のせいで本当に損してると思う。


「ありがとうございます! ではそこのカウンターでお昼、買ってきますね」


 わたしはこの、週末のアルフさんとの時間が好きだ。



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 さて……ここで少し、リアナの話をしておきましょう。


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 †


 嫌われモノのリアナが集落を出てから、八年程の月日が経ちました。


 大陸のずっと西のほう。

 リアナの生まれた場所より、少し温暖な土地。


 人里離れた森の奥、湖のほとりの小屋。


 彼女はそこに一人、暮らしていました。


 生活の邪魔にならぬよう、じぶんで髪を切り揃えるのに慣れました。


 風邪を引き一人寝込んだ時、水や薬がどこに置いてあれば良いのかもわかりました。


 子供の頃の思い出で頭がいっぱいになった時、どうやり過ごせばよいのか、そのいくつかをおぼえました。


 できるかぎり人に会わずに出来る仕事にも、つけました。




 †


 リアナが方々を彷徨った果て、この村に辿り着いた時のこと。


「嬢ちゃん。魔力を持つケモノとは、とても珍しい」


 ボロボロにやせたリアナに、しわくちゃの老人が話しかけてきました。

 リアナは返事をせず、体を小さくしました。


「見ての通りわたしは歳だ。弱っているキミのことすら、どうこう出来はしない。

 ……それに、もうじきわたしは死ぬ」


 老人の話が嘘でないとういうことが、不思議とリアナにはわかりました。


 そしてリアナは、もうすぐ死ぬ老人の事を羨ましく思いました。


「わたしが死ぬところを見たくないかい?」


 リアナは吸い寄せられるように老人に着いていきました。


 湖のほとりの小さな家に着くと、老人はリアナの寝床と食事を用意して寝てしまいました。

 老人はこのまま死ぬのだろうか、とリアナは寝姿をしばらく見つめていましたが、いつの間にか眠りに落ちました。


 朝。


 仕事に行く、という老人にリアナは着いていきました。


 老人は湖の水面の一点を、指差しました。

 見るとそこは虹色をしています。どうやら油が浮いているようです。


「氷よ」


 老人は油の周囲を魔法で凍らせ、


「炎よ」


 油を炎で焼きました。

 老人は振り返り、リアナに言いました。


「これは水をきれいにする仕事だ」


 ここで、リアナは目を覚ましました。夢だったのです。

 老人は冷たくなっていました。


 小屋を出て湖に行くと、夢と同じ場所に虹色が見えました。


「氷よ」


 それから、リアナはこの仕事をすることになりました。




 †


 村人たちはケモノの魔法使いであるリアナにとくべつ関心を持ちませんでした。


 魔力を持つケモノを嫌うのは、同じケモノです。


 この西の最果ての村ではケモノの姿を見かけず、リアナは心静かに暮らすことができました。

 それでもリアナは、出来るだけ人と関わらずに日々を送りました。


 湖の水が汚れると困るので、村人たちは彼女をそっとしておきました。


 水の浄化と、薬効ハーブの栽培が日々の営みとなりました。


 湖と森と、老人の残した役目が、リアナの居場所になりました。





(少女小説版「リアナとクラド」より)

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 ・


 カフェカウンターにはまだ、業者からの昼メニューが届いていなかった。


「アルフさんごめんなさい、ちょっと時間早かったみたいで……」


「いえ。ではさっきの相談……ですか。聞きたいです」


 ・・


「なるほど……。『リアナとクラド』ですか、初めて聞きました。すみません、俺はあまりフィクションを読んでこなかったもので」


「あ、大丈夫です。そもそも女性向けの作品ですから。簡単に説明しますね」


 わたしはお話の概要と、それぞれの結末を説明した。


 アルフさんは時折メモを取りながらわたしの話を聴いていたが、序盤に魔力を持つケモノとしてリアナが虐待を受けるくだりで、はっきりと目を曇らせていた。


 は少女小説のヒット要素としてよくあるもので、わたし達にとって馴染みの深いものだけど、男性はそう感じないのかも。


「魔力持ちの獣人さんの話は亜人差別及びエルフとの軋轢のカリカチュアとして、創作上でたまに見かけますが……、アルフさんは獣人魔術師に会ったことってあります?」


「会ったことは無いですね」


「わたしも魔術の本を扱っているので、専門誌に目を通してるのですが見かけたこと無いんですよねー。まあきっと、表に出ても良いことありませんしね」


 アルフさんは腕を組んでメモを見つめ、考え込んでいる。


「あ、難しく考えなくても大丈夫ですよ。ぱっとこれが良いなー…ぐらいの感じで」


「俺は…… 新説ですね。それぞれ生まれた種族のまま一緒になるパターン」


 ほほう、なるほど。アルフさんは異種カプいける口なんだ……。

 いやいや! わたしよ。そこじゃなくって。


 ……と、聞き覚えのあるよく通る声がロビーに響く。


「イズミちゃん! やっほい!」


 エコさんが、現れた。






【続く!】



挿絵

・リアナの暮らし

https://kakuyomu.jp/users/nagimiso/news/16818093083923070017


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イズミと竜の図鑑 みんなの話 凪水そう @nagimiso

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