第3話 エコさんの話③「クロハ亭で」

 ◇ ◇ ◇



 †


 大陸の北。

 ある山間の森の集落に、リアナというケモノの娘がおりました。


 白い毛並みに明るい金の髪、鼻筋長く耳の立ったそれは美しい娘でした。


 ですが、リアナは生まれた時より魔力を持っておりました。


 ケモノの一族は魔法を使えるものを嫌います。

 たとえそれが小さな子供でも。


 きびしい目を向けられ、彼女は育ちました。


 リアナが寝ている時に家の外で風が巻いた、リアナの近くで川が溢れた、森で火事が起こった……

 周囲のケモノたちは、何かが起こるたびリアナの魔力のせい、と騒ぎ立てました。


 いつしか、ケモノ達が彼女を嫌うように、リアナもじぶんの事が嫌いになりました。


 お父さんとお母さんは下を見て、ずっと口をつぐんでいました。



 †


 18才になった冬の日。

 その夜深く、リアナは生まれた集落をそっと出ました。


 雪の残る山道を長く長く歩いた末、リアナは森の奥深くに打ち捨てられた小屋にたどり着きました。

 集落を出て何度目かわからない朝日が小屋を見つめていました。


 リアナはここで死のうと思いました。


 リアナはじぶんの事が嫌いだからです。


「炎よ」


 リアナは炎の魔法を使い、テーブルに火をかけました。


 しかし、湿気たテーブルは白い煙を立てるのみ。

 置いてあった木のスプーンの端に小さな火が灯っています。


 スプーンを手にとると、その火はリアナの指先を温め、すぐに消えました。


 リアナは他に死ぬ方法を考え、小屋の中を見渡しましたが、あまりの寒さと空腹にもう何も思いつきません。


 手にしたままの焦げたスプーンを見て、先ほどのほのかな温かさを思いました。


 リアナは座り込み、ぽろぽろと涙をこぼしました。


「今のわたし、温もりが名残惜しくて、死ぬことができないの」





(少女小説版「リアナとクラド」より)

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 夕方。

 ベランガス港湾二区。港市場横の歓楽街。

 居酒屋クロハ亭。お魚料理の美味しいお店。


「イズミお前、最近どうだ」


 カウンター席、左側に座るゴドーさんが遠くに目を飛ばしたままわたしに尋ねた。


 ゴドーさんはわたしの勤める出版社「剣と友社」第二編集部の部長、わたしの上長だ。


 初老のハーフエルフで、額の傷は冒険者時代のものだろうか?

 黙っていれば謎多きダンディ髭おじさんだ。……あくまで黙っていれば、です。


 ゴドーさんはこうして大体一ヶ月に一度程度、部員に付き合い飲みを求めてくる。

 面倒くさいけど、わたしはお酒が好きなのでプラマイ・ゼロだ。


 それに報道の第一にいた頃、月刊誌アドベンチャラーズの校了週以外は毎週のように部署飲みがあり、それに比べれば全然にマシなのです。


「おおむね順調で、遅れているものは予定通りの遅れです」


 ゴドーさんは魚の肝を酢で和えたものをつまんだ。


「あのさイズミ。仕事のこととか聞いてないの。俺はオッサンが知り得ない、若い女社員が普段考えていることを聞きたいんだよ」


 わたしは蒸留酒を一口飲んだ。

 程良い辛味が喉を小突き、香りが鼻から抜ける。


「またタチマさんが変なお土産をくれました。呪物かもしれないやつ……」


「ヤツは愛を知らずに育った男なのよ。あと病気。てかさ会社外の話聞かせろよ」


「ゴドーさんが期待してるような恋愛話とか、そういうのありませんよわたし」


「そうなんだ。お前すごい可愛いのにおかしいよな。この街は…いや世界は狂っている。エンキよ、どっか適当な良い時代に時を戻せ」


 病気なのはこの人では……。


「また、劇団の脚本のお手伝いする事になりました」


「おっ、そうなんだ聞かしてみ? 前は『ダイン』やってたよな?」


 食いついた。やっぱりこの人も出版人だ。


「今回は女性向けで『リアナとクラド』です。ダインの時は原作エピソードが豊富だったし現代の作品なのでスムーズだったんですけど……」


「リアナかー… 亜人権運動の活動家のおばちゃんが大好きなやつな」


「そもそもリアナは少女小説ジャンルでのベストセラーですッ」


 思い入れのある童話を社会問題と安易に紐付けられ、何だかむっとした。

 多くのおじさんは何故、デリカシーがテクノロジーの一種であることを認めないのだろう?


「それにあれは亜人文学の古典が原本だろ? であればおそらく革命前後で解釈違いの版があるよな?」


 よく知ってるあたりが更に気に入らない。むむ……。

 チラッとゴドーさんを伺うと、そこには得意げな顔が待ち構えていた。


「そうなんです。それぞれ結末が違ってて、どれを採用したものか迷ってます」


 わたしはそれぞれを説明した。


「なるほどな。俺だったら古典版やるね。うん」


「悩まないんですね」


「だってさ、小劇団の興行だろ? サブカルしか来ないんだから結局のとこ他種族同士は馴れ合えんでしたってビターな結末のが客層の期待通りだろう。……おじさん、同じのもう一杯」


「あ、わたしも同じのをお願いします! そうですかねー…」


「これで少女小説版やったら、年上お姉さん役でイズミが出てくるようなもんだ」


 …むむむ! 例えとしてすごく全然おかしい!!

 でも、怒ったら負けだ。負けたくない。


「……逆に面白くないですか?」


「いや、うん。今想像したんだが……お前が舞台上で……健気にお姉さん役がんばってたら俺、泣いちゃうかもしれん……」


 ゴドーさんの泣き真似顔。真に迫ってて腹立つんですが……。


「何で保護者目線なんですか」


「イズミー、お前がんばれよー」


 どうやらこの様子、わたしと合流する前にかなり飲んでらしたようだ。

 ゴドーさんが続ける。


「だったらさイズミ、アルフくんに聞いてみろ。 亜人の事は亜人に聞く! 彼は獣系だし丁度いい。…てかキミ達、最近仕事外でも仲良うやっとるんだって?」


 アルフさんは最近になって取材で組むようになった、しゅっとした感じの獣人男性の冒険者さんだ。

 彼が作文を学びたいというのでたまに勉強会をしている。


「変な言い方しないでください。文章を教えてるだけです。大体、アルフさんに対して失礼ですよ」


「なんだよぉ俺も優しいお姉さんにお勉強を教わりたいのだぜ」


 ゴドーさんはくどくどと何かを云い続けていたが、わたしは既に上の空だった。


 この時わたしは目の前の酔っぱらいおじさんよりも、リアナについてアルフさんに尋ねることに興味が移っていたからだ。


 今週末に勉強会の約束がある。


 彼はどう答えるのだろう。





【続く!】





 挿絵

 ・でも、怒ったら負けだ。負けたくない。

 https://kakuyomu.jp/users/nagimiso/news/16818093083793443457

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