第2話 エコさんの話②「ボディタッチ」

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◇◇◇ おさらい「リアナとクラド」の物語 ◇◇◇

 森に隠れ暮らす獣人魔法使いの女リアナは森に迷い込んだ人間の男クラドを好きになるあまり、彼を魔法で獣人に変えてしまう……

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「んじゃこれ、イズミちゃんに預けとくね」


 エコさんが一冊の本をテーブルに差し出した。

 可愛らしい挿絵が表紙の、新書サイズのペーパーバック。


「あ、ドント作の少女小説版ですね。ハッピーエンドの」


「そそそ、もぉ何度読んだかわかんない! 十歳だったかなー……そん時はクラドのことで胸が一杯になっちゃって、街で人間の男を目で追ってた。今おもえば男共も亜人の小娘にジロジロ見つめられて複雑だったろうよ」


「わかります、わたしも男女問わず獣人さんに見とれてました」


「お互い乙女だったってわけ! つか今もだけど! あはは」


 エコさんは持ち前の美声を明るく響かせた。


 本は古びていたが透け紙で丁寧にカバーされており、焼けも少なく大切にされていたことが伝わった。


「では、御本お預かりしますね」


 パラっと中身を確認し、用意しておいたブックカバーを被せた。


『リアナとクラド』には原典がある。獣系亜人に伝わる古い民話の一説だ。


 このドント版は少女文庫で出版するにあたり獣人の読者に寄り添ったもので、アレンジされた結末はリアナと一緒になる。


 他には近代に執筆された新解釈版もあり……


「新説も悪くないんだけどねー。色っぽくて」


けど、リアナと一緒になる結末ですね。こちらは大人向けに出版されていて恋愛模様も生々しいんですよね。リアナのいじらしさが強調されていて…」


「異種カプ路線も今は熱く読めるんだけどねー。夜のシーンも刺激的だし。でも、ティーンの頃に読んだ原風景も大事で。それでも古典版より大分マシだけど」


「古典版は最後に別れちゃいますもんね。異種族にはそれぞれの人生が…って」


「クラドがリアナを刺しちゃうパターンもあってマジでほんとサイアク」


 ……まとめます。


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 少女文庫版(著・ドント)・・・二人は獣人として一緒になる。

 新説版(著・ゲナー)・・・クラドは人間に戻り、リアナと一緒になる。

 古典民話版(著者不明)・・・二人は一緒にならない。殺し合うパターンもある。

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 そして、本題はここからだ。


「さぁ、どれにしよっかねー」


 エコさんが頬杖をついて目をつむる。


「悩ましいですね…… 大人向けの演劇としては古典版、わたしたちが好きなのはドント版、バランスいいのは新説なんですよね」


「そうなのよー、うちら駆け出しの劇団じゃん? 古典か新説で興行したほうが劇団としては格が上がるっていうかさ」


「古典は当時の苛烈な亜人差別を表現、伝統芸能としての箔がのる…… 新説は多人種尊重のメッセージが乗ってるので、今やる意義がある…… ううーん…」


「ちょっ、イズミちゃん! やるメリットもよろしくヨォ」


 エコさんが悲しげにお耳を垂らす。

 本当に、悩ましい。


「……全年齢向けでやれる、つまり子供が観て退屈しないこと、ですね」


「なんか、弱いな……」


 長いマズルが下を向いてしまった。

 エコさんはこの少女小説の結末が本当に好きなんだ。なんとかしてあげたい。


 ただ、このドント版は少女向けの恋物語にアレンジするにあたり話筋プロットにご都合主義な部分が目立つ。


 ……これを今やって、わたし達自身が納得いくものになるだろうか?


「エコさん、わたしちょっと考えてみます。時間をください。 脚色の範囲で何か出来ることがあるかも」


 さて、ひと仕事になりそう。


「ありがとう!! やっぱりイズミちゃんはよい子だー」


 エコさんがテーブルの向こうより乗り出し、わたしの頭を撫でる。

 ……ああ、撫での気持ちよさと獣人向けの香水の匂いが…… 抵抗できない。このままでは溶けてしまう……。


 溶けきるその寸前、エコさんはすっと絶妙なタイミングで手を戻し、わたしの上気した顔を見つめる。思わず目をそらしてしまう。


 これにスキル名をつけるなら『絶妙なボディタッチ LV:200』だろう……。


「ふふふ。そーだ、役作りにリアナの事知りたいし、いっそのこと人間の男とデートでもしてみよっかな。イズミちゃんさ、誰かいい感じのヤツ紹介してよ」


「あの…… わたし男友達とかいないです」


「職場にいるでしょ。ぶっちゃけ顔が良ければ誰でもいいよ」


 編集部の…顔が良い……。

 わたしの頭上に地図誌担当の同僚男性がボワンッと浮かんだ。


「それ、心当たりがある顔じゃん?」


「えと、顔立ちは整っているんですが、この前出張の土産に本物のゴブリンゾンビを磨り潰して作ったゴブリン人形くれまして…何かいつもそういう感じ…で…」


「んん、まあー……くれるだけいいんじゃん? だってサ、出先でもイズミちゃんの事考えてくれてるって事でしょ?」


「あと取材先の土地の、女の人のいるお店でお酒飲んだ話ばかりずっとしてきて」


「え、何そいつサイアク」






【続く!】



挿絵

・エコさんのなでなで

https://kakuyomu.jp/users/nagimiso/news/16818093084046180034

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