イズミと竜の図鑑 みんなの話

凪水そう

第1話 エコさんの話①「リアナとクラド」

(モモイダラド取材直後の頃のお話)



 ・

 ・

 ・


 朝。


 日光に反応した魔石から発生する気泡がガラスの鈴をこづく。


 ピンッ ピピンッ


わたしはこの目覚まし細工「太陽の鈴」の音が好き。


 曇り日に鳴らなかったりで機械式時計のある今はもう使う人も少ない細工だけど、そもそもセットすればその時間に自然と目覚めてしまうものだし。


 何よりもその控えめな音の、用を急かしてこない感じがわたしには馴染むのです。


 そしてこの休日、持ち帰りのお仕事もないのに早起きしたのは。


「イズミちゃんおっはよ!」


 程々の朝支度をしワンルームの自室を出て寮の食堂に降りると、給仕のエコさんがいつもの明るい顔で迎えてくれた。


 滑らかに光るブロンドを背中に揺らし、長身で鼻の長い獣人女性がエメラルドの視線を真っ直ぐにぶつけてくる。


「へぇいいじゃんその紺のワンピ。襟の刺繍かわいい」


「いえ、ぎりぎり子供服なのですけども」


 エコさんは黒のノースリーブにタイトなシルエットのオフホワイトのパンツ。

 食堂の動いていない今日、エプロンはお休みで。


 スタイルのよい彼女のざっくりとした着こなし……大人です。それに比べわたしといえば、大人なのにろくに背も伸びずちんちくりんで。


 出来る限り髪を伸ばしボリューム感を演出しているんだけどそれにも限界を感じていたりしまして……。


「あッ まーたちっさいの気にしてる!! が好きなマニアたくさんいるから気にすんなヨォ」


「需要の事実はともかく、お気遣いは受け取りますッ」


「あはは、まぁ座って座って。お茶淹れてくるね」


 エコさんは尾に上機嫌を乗せ、キッチンに入っていった。


 寮はベランガスでも高台に位置する。併設された食堂はオープンカフェの作りで、風が抜けると共に港湾が見渡せ心地のよい空間だ。

 この辺りはそこそこに地価が高く、社に勢いがあった頃に建てられた施設のうちのひとつがこの寮だそうなのだけど、職場への距離があるのが難だったり。


 眺望 ながめに浸っているとじぶんの世界に入ってしまうので、待てばよいのにキッチンにいるエコさんの背中に話しかける。


「エコさーん、今日は『海に咲く花』の話ですよね」


「そうそう、うちの劇団の新しい本の件」


 エコさんはここで働きながら歌劇団『海に咲く花』の役者さんをしている。小さな劇団ゆえ脚本から小道具まで演者の皆さん方が手弁当で作られていて。


 今日はその手伝いをわたしに願いたい、という会なのです。


「ほいッほいッ」


 いつもの手際でグラスが置かれトクトクお茶が注がれ、コンコンと氷が放りこまれる。長い指で繰り出される所作が美しいのは役者さんだからだろうか。


 注がれた極めて透明なブラウンには玉花が舞い、青い蔦柄のグラスの表面に雫が浮かんでいる。


「わぁ、東洋茶 エンデンティーにしかも氷」


「うひひ、贅沢でっしょ。頼み事がある時はこれくらいしないとねー」


「いただきます」


 涼しく香る景色が喉元を通り抜ける。

 年を通し温暖なベランガスでは冷たい飲み物がありがたい。


 お茶をたのしむわたしを満足げに見つめながらエコさんが口を開く。


「イズミちゃん早速なんだけど。次の本は『リアナとクラド』でいこうって話になってて。どう思う?知ってる?」


「もちろん、ロマンスですよね。学校の図書室で読みました。わたしは好きです」


 ───────────────────────


 ◇◇◇ 『リアナとクラド』の物語 ◇◇◇


 獣人女性のリアナは森深く隠れるよう住んでいた。

 ケモノであり魔女である彼女の居場所は世間に無かった。


 ある日リアナは森で傷つき気を失った人間の男を見つける。

 リアナの看病により目覚めた男はクラドといい名前以外の記憶を失っていた。


 二人は森でしばらくを過ごし親交を深めるが、ある日クラドは旅に出るという。


 クラドと離れたくないリアナは秘密の魔法を使いクラドを獣人に変えてしまう。


 ───────────────────────


「ヒロインのリアナが獣人さんでエコさんにぴったりだし、舞台向きだと思います」


「でっしょー! あたしさ、こう……握った指の隙間から幸せがこぼれて落ちてくようなド不幸な女の役、演りたいんだよねー。たぶん絶対似合うし」


 エコさんのストレートさをわたしは好ましく思っている。


「んで、また脚本。お願いしたいんだ」


 そう、わたしはエコさんの劇団の脚本のお手伝いをしている。


 原作の本を劇で演じられるよう脚色する作業。

 狭い舞台、少ない道具で実現可能なシーンに調整したり、全体を短くしたり。


 わたしが吟遊詩人の資格をとったと聞いたエコさんが依頼を持ちかけてきたのがことの始まり。


「でもあの、このリライト…… 劇団長さんが行わなくていいんですか?」


「いやうちの団長、今オリジナル書くのに集中したいって言ってて、それがかなーり難航しててサ、いつ出来んのってんで次季の演目はひとまず原作モノでやろうってなったんだ」


 長いまつげの奥よりエメラルドがぐっと見つめてくる。


「んで、イズミちゃんの出番ってわけ」


 同性だというのに、美女の視線というのは何故こうもわたしの動悸を呼ぶのだろう。

 男の人も美男に見つめられればこうなるのだろうか?


「もちろん、引き受けます。書かせてください」


 エコさんからこの手の依頼を引き受けるのは3度目。

 大好きな作業だ。


「やった!ありがと。報酬はいつものでネ」


 恐ろしく軽やかなウィンク。……に負けず、わたしには今伝えねばならないことがある。これだけは。この瞬間、しっかりとです。


「……エコさんッ ひとつだけ約束が」


「おう何でもこい」


「わたし、今回ばかりは子役の代打、引き受けませんよ」


「あっはは。検討しとく」


 彼女のブロンドがキラキラと波を奏でた。







【続く】








 画像・リアナとクラド

 https://kakuyomu.jp/users/nagimiso/news/16818093082431437118


 画像・普段のイズミとエコ

 https://kakuyomu.jp/users/nagimiso/news/16818093082431776068


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る