第56話 愛するアナタへ送る六文字の言葉

 王子とイビラレーナとツンデレーゼの三人だけになった部屋。


 どこか晴れ晴れとした顔でツンデレーゼは語り出します。


 王子を騙していたし、イビラレーナがどう思っているかは知らないけど虐めたのも事実だから私は城を出て行く。


 元々、イビラレーナの偽者でしかなかったし、王子様が一目惚れした相手はイビラレーナ、アンタだから。


 だからアンタは王子と幸せに暮らしなさい、今までの分を取り戻すくらいに。


 そうして去ろうとするツンデレーゼの手を握り、王子は引き止めます。


 王子の手を振りほどいてでも逃げようとするツンデレーゼに王子は言いました。


 確かに最初に良いなと思った相手はイビラレーナの方だったのかもしれない。


 印象が違う事にも戸惑った。


 でも、数々の嫌がらせに耐えて泣いていた君の姿を守りたいと思った、嫌がらせに何も出来ない自分を責めるでもなく微笑んでくれた君の姿に、最初の印象なんか忘れて見惚れた。


 今の自分が本当に好きで傍に居てほしいと思っているのはツンデレーゼ、君なんだ。


 だからどこにも行かないでくれ。


 王子は叫び、ツンデレーゼを抱き締めます。


 ツンデレーゼも一旦は王子を引き離そうとしたものの、結局は王子を抱き締め返しました。


 離れたくない、と言わんばかりに。


 そして、『あいしている』という飾り気のない六文字の言葉をぶつけ合って。


 そんな二人の姿にイビラレーナは微笑みました。


 私は苦しい家から逃げ出して参加した舞踏会が楽しかっただけで、きっと王子様の事を本当に好きになっていた訳じゃないんだと思う。


 今の私には、抱き締めたくなる相手や離れたくない相手なんて居ないもの。


 ツンデレーゼは辛そうに王子から離れて叫びます。


 自分の姉に虐待をしてた私が、幸せになんてなっていい訳ない!


 それだけじゃない。


 私は自分が幸せになりたいからって、アンタを騙して舞踏会の様子を聞きだして、王子に取り入ったのよ。


 それなのに、どうして笑って許せるっていうのよ!


 イビラレーナは答えました。


 姉が妹の幸せを願うのは、そんなに変な事でもないでしょう?


 そこで言葉を区切ると、イビラレーナは悪戯っぽく笑って手を差し出します。


 母親に騙され続けてしまう馬鹿な私の妹。


 もし本当に悪いと思っているなら、そんな妹にすら騙されるもっと馬鹿な姉が、これ以上誰かに騙されないように見守ってくれませんか。


 私にも貴女みたいに好きな相手が出来るまで。


 ツンデレーゼは泣きながら答えました。


 あんな酷い事を笑って許すようなお人好しは死ぬまでだって私が見ててやるわよ。


 妹として、家族としてね。


 そして震える手で握手し――


 長い長い時を経て、二人の姉妹は初めて手を取り合い生きていく道を掴んだのです。


 やはり自分の目に狂いはなかった、ツンデレーゼは素敵な女性だ。


 なんて空気も読まずに呟きだした王子を、真っ赤な顔したツンデレーゼが殴りました。


 ここにツンデレラの誕生です。


 そしてイビラレーナは、今までの灰塗れだった人生を誇りシンデレラ――灰塗れ――と名前を変え、培ってきた家事能力を王城で存分に振るいました。


 優しく人を見る目はある王、厳しさの中に優しさを併せ持つ王妃、そしていつの間にかメイド長にまでなっていた王妃の姉。


 三人はお互いを支え合い、仲良く暮らしたそうです。


 


   ○   ○


 


 そうして幸せになった表舞台の裏、取調室で涙交じりの声が響き渡ります。


 本当は自分もイビラレーナに優しくしたかった、家族として過ごしたかった。


 そう叫ぶマルガリータの声が。


 そんなマルガリータに取調官が怒鳴り付けます。


 それなら何故イビラレーナに虐待したのだ!


 家族として過ごしたいなら虐待なんてしなければいいだろう!


 その言葉に、マルガリータは涙ながらに語り始めました。


 虐待の訳を。


 イビラレーナの姿を見ると、どうしても思い出して重ねてしまう。


 憎いアイツの姿を。


 主人の前の妻、私と結婚前は恋のライバルだったあの子は病気で亡くなってしまい、その時の薬代が元であの人は貧乏でした。


 亡くなってもあの子、前の妻の事を愛しているし貧しくて迷惑を掛けてしまうからと主人は私との結婚を断り続けました。


 それでも私は前からあの人が好きだったし、子どもには母親が必要だと思い、あの人に無理を言って結婚しました。


 私が昼は織物で稼いで、主人は夜に働きに出て。


 一緒に過ごせる時間こそ短かったですし目が回るほど忙しかったですが、それでも私は幸せでした。


 充実していましたし、何より愛していた人と過ごせるのですから。


 でも、それは仮初の幸せでしかなかったんです。


 借金の返済費と養育費を稼ぐ為に、主人があんな店で働いていたなんて知るまでは。


 昔から憧れていたあの人が、愛する人があんな姿であんな仕事をしているなんて私は想像すらしていませんでした。


 辞めてくれるように頼みましたが、その仕事以上に稼げる仕事がないので辞めてくれません。


 そんな私の小言が聞きたくないのか、一刻も早く辞める為に少しでも稼ぎたかったのか、新しく生まれたツンデレーゼの誕生日が近かったからか。


 それはあの人じゃないから私には解りません。


 日に日に帰りが遅くなっていた主人は、ついには体調を崩してそのまま死んでしまいました。


 必死で稼いでくれていましたし、あの人のお客の方々から口止め料としてそれなりのお金も頂きました。


 暫く困らないだけのお金があった私は、せめて子ども達に優しくしてやろう。


 そう、思っていました。


 日に日に成長したイビラレーナが、アイツ、主人の女装している姿に似てくるまでは。


 あの逞しく私を抱き締めてくれた胸元がコルセットで包まれている姿、魔女裁判プレイと称して鞭や蝋燭で甚振られていたあの人の姿。


 どうしてもそれを思い出してきて、イビラレーナを見るだけで苛々しました。


 お金がなくなってきた苛々も重なってしまったんだと思います。


 でもツンデレーゼが居なくなってお金に余裕が出来て。


 今度こそ、と思ったのに。


 良い物を食べて肉付きが良くなったイビラレーナは、ますますアイツに似てきたの。


 気付けばイビラレーナを怒鳴り付け、怒鳴り付けた自分に嫌気が差して酒を飲む毎日。


 そこまで語ったマルガリータは泣き出してしまいました。


 取調官は静かな声で尋ねます。


 それじゃあ鞭や蝋燭は、ご主人の仕事道具だったのか?


 マルガリータは答えます。


 あんなものでも主人の形見だから捨てられないの。


 取調官は尋ねます。


 どうしてそれを娘達に話さないんだ、君だけが悪者だと娘達に誤解されたままになってしまうぞ!


 マルガリータは叫びました。


 言える訳ないじゃない、あの子達の中では優しくて格好いい父親が女装して変な店で働いていたなんて言える訳ないじゃないの!


 すすり泣くマルガリータの声に取調官も涙を覚えました。


 借金と暮らしや娘達の為とはいえ反対を押し切り仕事を続けた父親、父親に似てしまったイビラレーナ、娘への苛立ちを我慢出来なかったマルガリータ、マルガリータの言葉を信じ虐待してしまったツンデレーゼ。


 歪なまでにズレ、傷付きあってしまった家族関係。


 それでも、それでも誰もが自分なりに家族の事を想っていたのに。


 何が、何が悪かったんだろうな。


 無力感を覚える取調官の耳に、マルガリータがイビラレーナ――今はシンデレラという名の義理の娘――に送った六文字の言葉だけが響き続けます。


 ごめんなさい、ごめんなさい、と。



『アリシア・ミュスカデ著 【愛する貴方へ捧げたい六文字の言葉】』


   ○   ○


「まだこの方がマシじゃない?」


 そこまで読んだところで、童話作家であるアリシア・ミュスカデは自分のデビュー作を机に置きました。


 頭に浮かんでいるのはこの国の王であり、彼女の義兄でもある男の事。


(いや、うん。尊敬出来る人ではあるとは思うんだけどさあ……)


 国外からは歴代最高の名君と言われる政治手腕を評価されながら、国内からは民衆に寄り添った政策の数々で絶大な支持を持っている――


 そこだけ切り取れば、文句の付けようもない人ではあるとアリシアだって思っています。


(けどさあ。身内としては色々言いたい事もある訳よ……)


 ですが、王の偉業が輝けば輝く程、かつての黒歴史も色褪せる事無く深く刻まれ続けるモノ。


 彼の妻への告白の言葉、『どうか、このガラスの靴を履いて、生涯、私の事を踏み続けて頂けませんか、アデラレーゼ?』は、今では国中の子どもから大人まで知っているどころか――


 むしろ隙のない名君の、数少ない人間らしい話として愛されて語れている始末なのです。


 ――国王とアデラレーゼの出会いの話は歴史の教本にすら載っている一大事件であり、人気の歌劇にもなっているので、大体の内容は国中の人間が知っていました。


(なんでメアリー姉やリルム姉みたいに、文句の付けようもない夫を選ばなかったんだろ……)


 そこでアリシアの頭に浮かぶのは、別の姉妹の事。


 真面目で紳士的なリカルド大臣に、お淑やかだけど芯の強いメアリーの二人は、少しお互いの年齢こそ離れているものの、それでも理想の夫婦だなんて言われているし。


 騎士団長でありながら知的でイケメンなムテキンに、小柄で可愛らしく家庭的なリルムの二人だって、仲睦まじい夫婦として有名であり。


 アリシアも、将来はメアリーやリルムのような結婚生活を送りたいと密かに願っている程です。


(わっかんないよ。そりゃあ身内贔屓もあるかもしれないけどさ。アデラ姉だって、私の目から見たって凄く良い女じゃん? それが何だって変態と結婚した訳? その辺差し引いても、王族ってのが魅力的だったって事?)


 だからこそ、メアリー達に比べるとツッコミどころが多いというか。


 身内としては目を瞑り難い夫の存在がどうしても納得出来かったのでしょう。


(というか母さんだって母さんよ。鞭で打たれて悦ぶような男って解った時点で、すぐにでも別れたらよかったじゃない……)


 そして、国王とアデラレーゼの出会いの経緯を知っているという事は、自分の生みの親であるミュリエルと夫との舞踏会での活躍を知っていると言いますか。


 アリシア自身の出生の馴れ初めも知っているという事です。


(あんなの、王族だからって皆気を遣っているだけで、絶対変な目で私を見てたに決まってるじゃん……)


 そんな彼女が年を重ねて物語の意味を理解出来るようになり。


 自らの出生に反発するように、国王とアデラレーゼの出会いの話を改変した物語を描いたのも仕方ないのかもしれません。


(見てなさいよ! 私は絶対、アデラ姉や母さんみたいに変な男になんて引っ掛からない! メアリー姉やリルム姉みたいに、マトモな男と結婚してやるんだから!)


 そうして家を飛び出し、素性を隠して作家として生きる事にしたアリシア。


 まだ相手の影すら見えない彼女がどんな人生を歩んでいくのか。


 そして、アデラレーゼやミュリエルと解かり合える日が来るのか。


 それは誰にも解からない。

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後書き

 これにて今作品は完結です。

 本当に好き放題やりたい放題やらせて頂き、ちょっと遊んでしまった部分もありましたが、ここまで楽しんで頂けていれば嬉しく思います。

 ちなみに本当に完結でアリシアがどうなったかの話とかは、ないです。


 ちなみに今回は本当に好き放題に遊んだバージョンとなりましたが、もし商業として出る事などがあれば、リルム編までは大体同じ内容ですが、メアリー編から大きく内容が変わります。

 三章がメアリーとエロイゼ大臣に焦点を当てた話になるでしょう。


 そっちのバージョンも是非読んでみたい、という方は是非とも書籍化の応援をして頂ければ嬉しく思います。

 

 さて、明日からは別作品の第二部が始まります。

 憎まれる程に強くなるスキルを授かり、異世界に転移した心優しき青年の話です。

 報われない中、それでも折れずに頑張り続ける不器用な男という単語に惹かれる方は是非とも読んでほしく――

 興味の湧いた方、または続きを待って下さっていた方は、そちらでもお付き合い頂ければ嬉しく思います。


 下記のリンク先から飛べ、第一部は既に全部投稿しているのでよろしくお願いします。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093079745925341


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