第55話 悪意の果てに

 数日後、お城へ向かったツンデレーゼ。


 王子に会った娘は初めこそ印象が違うと疑問に思われるものの、踊った相手と王子しか知り得ない話をする事で、王子に自分が踊った相手だと思い込ませます。


 それどころか、自分が居なくなった家の事まで考えていた事に感激させ「自分の目に狂いはなかった」とまで言わせました。


 ツンデレーゼに取ってはどうでもいい事でしたが、家へ毎月お金を入れてくれる事を約束に晴れて王子はツンデレーゼと結婚しました。


 表面上は嬉し泣きをするツンデレーゼでしたが内心は違います。


 見る目のない馬鹿な男、これなら権力も思いのまま。


 などと笑いを堪えるのに必死だったくらいです。


 貧乏生活にオサラバし、楽しい王宮生活が送れる事をツンデレーゼは信じて疑っていませんでした。


 


   ○   ○


 


 しかし、現実はそんなに甘くはありません。


 ツンデレーゼにやってきたのは舞踏会で玉の輿を得ただけの成り上がり女という、他者からの嫉妬と嫌がらせ。


 あまりに多過ぎて誰が行っているのかすら解らない嫌がらせの数々に、歯を食い縛り裏で泣く事しか出来ないツンデレーゼを、王子は不器用ながら慰め続けます。


 周りは敵だらけとしか言えない今の状況。


 そして、過去もイビラレーナをマルガリータと共にいびるばかりで優しさなんてものに縁がなかったツンデレーゼ。


 そこで初めて実感する王子の人としての優しさ、そして囁かれる愛の言葉に、嫌がらせの数々が辛い筈なのに、どこか幸せを覚え始めている事にツンデレーゼは気付きました。


 そして、ふと思います。


 この人に自分を見て欲しい、イビラレーナの真似なんかじゃない自分自身を。


 同時に思いました。


 私は、イビラレーナの真似じゃない本当のツンデレーゼは、この愚かで優しい王子様に愛されるような女の子なのでしょうか? 


 その答えは考えるまでもなく、ツンデレーゼの中にありました。


 こんな私を、王子様が好きになる筈が無い。


 好きになってもらえる、資格なんてない。


 


   ○   ○


 


 イビラレーナに対する引け目か罪滅ぼしか、それとも他にも何かあったのか。


 毎月、衛兵に届けさせていたお金を自分で届けに行ったツンデレーゼは目を疑いました。


 痩せ細ったイビラレーナと肥え太ったマルガリータが、ツンデレーゼの目に飛び込んできたのです。


 そこで昼間から酔ったマルガリータから聞かされます。


 イビラレーナがアイツに似ていてずっと気に食わなかった、イビラレーナを養う金さえなければアンタのプレゼントを買おうと無理して主人が死ぬ事もなかった。


 全部、あの子が悪いのよ。


 ツンデレーゼはショックを受けました。


 何という事でしょう。


 ずっとツンデレーゼはマルガリータに思い込まされていたのです。


 父が死んだのはイビラレーナのせいで、イビラレーナが居たから自分は父に愛される機会がなかった。全部悪いのはイビラレーナだと。


 誤解に気付いた時、ツンデレーゼは解ったのです。


 父に愛してもらえたイビラレーナに心の底で嫉妬し続けていた自分だからこそ、どれだけ魔法で着飾っていても踊っていた美しいお嬢様がイビラレーナだと解ったんだ。


 そして、誤魔化し続けてきたけど持ち続けていた罪悪感があった事を。


 ある事を、ツンデレーゼは決意します。


 


   ○   ○


 


 イビラレーナとマルガリータを連れ、ツンデレーゼは王城へと帰ってきました。


 そして、人払いを済ませ全ての事情を話します。


 思い込んでいたとはいえ、酷い虐待を繰り返していたツンデレーゼは自分への断罪の罰とも言える、イビラレーナからの罵倒の言葉や暴力を待ちます。


 何をされても構わない、殺されたって誰にも文句は言わせない。


 呟いて、歯を食い縛るツンデレーゼに向かってイビラレーナは言いました。


 私は貴方には虐められた覚えはありません。


 本当に虐められていたのなら、どうして私は貴方が居た時は痩せていなかったのですか?


 イビラレーナの言葉に、ツンデレーゼは咄嗟に反論しようとしました。


 しかし、どうしても言葉が出てきません。


 そのイビラレーナの指摘は、紛れも無い事実だったからです。


 誤解とはいえ、ツンデレーゼは確かにイビラレーナの事を憎んでいたのかもしれません。


 それでも――


 同時にイビラレーナの事を自分の姉として、家族として愛してもいたのです。


 例え犬のように屈辱的な格好でもご飯を食べさせたり、イビラレーナは嫌いな食べ物だけど身体に良い野菜や栄養が豊富なチーズを無理やり食べさせていたり。


 憎しみと環境故に、その愛情は歪んだ形でしか表れませんでした。


 ですが、その憎しみの影に隠れていた優しさはイビラレーナに確かに伝わっていたのです。


 そんなイビラレーナの言葉にツンデレーゼは涙を流し、衝撃の事実を語りだします。


 鞭や蝋燭は自分が言った適当な嘘や脅しじゃなくて、実際にマルガリータの部屋に隠すようにして飾られていて――


 かなり使い込まれていた跡があったの。


 自分が生まれる前か物心付く前、もしかしたらイビラレーナが鞭や蝋燭で虐められていたのかと思うと憎みきれなかったわ。


 ツンデレーゼの言葉に王子とイビラレーナの口から驚きの声が漏れます。


 周りの驚きの声とは対照的に、どこか作り物のような無表情のマルガリータに、怒りで手を震わせながらも静かに王子は問い掛けました。


 何か申し開きする事はあるか。


 マルガリータは王子の問いに答えます。


 何もありません。


 あまりに短い一言です。


 謝罪の一言や悪びれる様子すら見せないマルガリータの態度は、怒りで我を忘れそうになっている王子の目には開き直っているようにしか見えませんでした。


 王子は怒鳴り付けるように衛兵を呼ぶと、マルガリータを牢へ入れるように命じます。


 何の抵抗も見せず、静かにマルガリータは衛兵に連行されていきました。


 まるで人形のような無表情を貼り付けたままで。


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