IF編

第54話 IF 望まれざるツンデレラ

 昔々、ある王国にイビラレーナという少女、その継母であるマルガリータ、その娘であるツンデレーゼという名の三人家族が居りました。


 イビラレーナの父親は妻に先立たれてすぐにマルガリータと再婚し、ツンデレーゼの七歳の誕生日を目前に過労からきた病で亡くなりました。


 父親が病で亡くなってからすぐの事です。


 マルガリータはイビラレーナに虐待と言えるほどの嫌がらせを始め、ツンデレーゼも習うようにイビラレーナをいびり始めました。


 特にツンデレーゼは精神的にイビラレーナを虐め続けました。


 犬のように這いつくばってご飯を食べさせたり、イビラレーナの嫌いな野菜やチーズばかりを無理に食べさせようとしたり。


 他にも父親が死んだのはイビラレーナのせいだとなじります。


 そして、イビラレーナもツンデレーゼの言葉に心当たりがあるのかないのか、黙ってツンデレーゼの言葉に耐え続けました。


 それがツンデレーゼには逆に気に入らなかったのかもしれません。


 鞭や蝋燭で躾けましょうか。


 時偶にツンデレーゼはそんな事を囁きます。


 


   ○   ○


 


 そんな日々が続いたある日、お城で舞踏会が開かれる事になりました。


 勿論、ツンデレーゼ達はイビラレーナを舞踏会には連れて行きません。


 埃や煤で薄汚れたイビラレーナには留守番がお似合いよ。


 そう言って留守番をイビラレーナに任せると、ツンデレーゼ達は意気揚々と舞踏会へと出かけます。


 そんなイビラレーナを哀れに思ったのか。


 どこからともなくやってきた魔法使いが、魔法でイビラレーナを舞踏会に連れて行ってあげようと誘いを持ちかけました。


 妙な胡散臭さのある魔法使いではあったものの、同時に、どこか懐かしさや親しみを覚える相手でもあったので、イビラレーナは魔法使いの言う事を聞いて魔法の手伝いをします。


 するとどうでしょう。


 辛い家事などで煤や誇りに塗れていた身体は清められ、ドレスとガラスの靴で着飾った美しいお嬢様へと変身したではありませんか。


 おまけに舞踏会に行く為に必要な、馬車や従者や招待状まで出てきます。


 十二時で魔法が切れるからそれまでには家に帰るようにと言われたものの、舞踏会に行けないと思っていたイビラレーナは大喜び。


 どうして見ず知らずの私にこんなに良くしてくれるの、と魔法使いに尋ねます。


 すると魔女は寂しい顔をしてイビラレーナの頭を優しく撫で言いました。


 全て私が悪いのだから。


 どうかマルガリータの事を恨まないでやってほしい。


 その大きくて暖かい懐かしさを覚える手や、魔法使いの言葉に疑問を覚えたイビラレーナは魔法使いに尋ねます。


 もしかして、死んでしまったお母さんですか。


 イビラレーナの言葉に答える事無く、ただ寂しげに微笑んで魔法使いの姿が消えていきます。


 魔法使いはが居なくなってしまった以上、確認のしようもありません。


 時間を無駄にしてはならないと、魔法の馬車に揺られて舞踏会へと向かいます。


 そこで王子に見初められ、イビラレーナは踊りの相手を勤める事になりました。


 自分の娘の方が綺麗だとマルガリータが悪態を付く中、ツンデレーゼはイビラレーナを必要以上に敵意を持った目で睨み付けます。


 そんな外野は無視して踊り始める王子とイビラレーナ。


 始めこそイビラレーナの見た目の美しさに惹かれた王子。


 ですが可憐な見た目と違い不作法で、だからこそ伝わってくる作り物でない優しさに更に惹かれていきます。


 しかし、時というものは残酷です。


 十二時に近付いた事に気付いたイビラレーナは、引き止める王子を振り払い走り去ろうとします。


 履き慣れてない上に運動に適さないガラスの靴では上手く走れなかったイビラレーナは、途中で靴を脱ぎ捨ててしまいました。


 王子の手元にはガラスの靴、そして意外とお転婆な女の子の記憶だけが残ります。


 


   ○   ○


 


 翌日、王子は衛兵にガラスの靴の持ち主を探してくるように命じました。


 王子の命に従い、衛兵が年頃の娘が居る家を回ります。


 革の靴と違い、伸び縮みしないガラスの靴なので中々サイズが合う女性が居ません。


 もしやこの町の人間ではないんじゃないか。


 疑問に思い始めた衛兵の前に、ある家が目に付きました。


 ツンデレーゼやイビラレーナ達が住んでいる家です。


 衛兵は家の住人に試着を勧めます。


 当然のように良い大人であるマルガリータの足には、イビラレーナが履いていたガラスの靴は入りません。


 衛兵は通り掛かったイビラレーナにもガラスの靴の試着を勧めます。


 ですが履きなれない靴と裸足で走った事により腫れてしまったイビラレーナの足にも、ガラスの靴は入りませんでした。


 そして何という運命の悪戯でしょう。


 ツンデレーゼの足に、ピタリとガラスの靴は収まってしまったじゃありませんか。


 貴方こそ王子の探している姫君だ、是非とも城に来て欲しい。


 ツンデレーゼは衛兵に王城へと誘われます。


 しかし私が居なくなった後の家が心配ですし別れの時間も欲しいです、どうか後日にしてもらえないでしょうか?


 そう言ってツンデレーゼは明確な返事を避けました。


 王子の言うとおり、なんと心の優しい女性だろうか。


 衛兵も感動し、城から預かっていた支度金を渡して後日迎えに来ると言って去りました。


 多額の支度金を手に入れ、狂喜し散財しようとするマルガリータをツンデレーゼは止めます。


 余裕が出来たのだからイビラレーナにも普通の暮らしをさせてあげましょう、と。


 イビラレーナの事が王子にバレて体面が悪くなったら困るでしょう、というツンデレーゼの言葉にマルガリータも笑顔で頷きました。


 しかし、本当にツンデレーゼの考えはそれだけだったのでしょうか?


 いいえ、ツンデレーゼだけは気付いていたのです。


 王子と踊った綺麗なお嬢様の正体がイビラレーナであったという事に。


 人並みの暮らしが出来る事への幸せとそれを進言してくれたツンデレーゼへの感謝、そしてお酒の力も手伝い王子との事を事細かにツンデレーゼに話すイビラレーナ。


 馬鹿な姉。


 ツンデレーゼは心の中でイビラレーナを嘲笑いました。

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