第2話 彼がまぶしく見える
翌日の朝は、早速二日酔いだった。
皆、歓迎会だからって、飲ませるんだもんなぁ。
私は日本から持ってきたビタミンCを飲んで、昨日配布された、仕事用の服とエプロンを身に着けた。
欠伸をしながら家の外に出ると、レーナが道を歩いていた。
「おはよう、涼花。」
「レーナ、おはよう。」
「涼花の家、一番端だったのね。大変になるわよ。」
「どうして?」
「皆の通り道だから、気軽に遊びに来たりするのよ。」
「えっ!?」
「まあ、新人が皆経験する事だから、気にしないで。」
レーナは、サラッと言ったけれど、私としてはすごく困った話。
そう。日本で彼氏に暴力を受けていた私は、まだ人付き合いが苦手。
皆に遊びに来られても、上手く対応できるか、分からないな。
お城のキッチンに着くと、まだ誰もいなかった。
「私達が一番乗りね。」
私はふぅーと息を吐いた。
「よかった。今日から出勤なのに、皆よりも遅かったら、どうしようかと思った。」
「ははは。今日は昨日の歓迎会で、皆遅刻よ。」
そんなんでいいのかなと思いながら、レーナの指示に従って、手洗いを済ませる。
「こういう時って、どうするの?皆が来るまで待つの?」
「朝食のメニューは決まっているの。それに皇帝陛下は、朝はゆっくりだから、そんなに慌てなくて済むの。」
あのきっちりとした感じの人が、朝遅い?
なんだか、イメージと違う気がする。
「皇帝陛下、私達が遅くまで夕食を楽しんでいる事、知っているのよ。だから朝はゆっくりにして、皆の楽しみを奪わないようにしているの。」
私の頭の中に、あの柔らかい笑顔が、思い浮かんだ。
優しいところもあるんだ。
「そろそろ、来る頃かな。」
レーナがそう言うと、案の定、皆が扉を開けてやってきた。
「おはよう、涼花。」
「オハヨウ、スズカ。」
日本語が話せない人も、パウリの真似して、日本語で挨拶してくれる。
皆、とってもいい人だ。
「おはようございます、今日から宜しくお願いします!」
頭を下げると、皆「ヨロシク。」と言ってくれた。
パウリが頷いているのを見ると、来る途中で、パウリに日本語教えて貰ったのかな。
「じゃあ、涼花。今日は一緒に、じゃがいものスープを作ろう。」
「はい。」
パウリとレーナの指導の元、私はじゃがいもを切って、レシピを学んだ。
「さすが、日本で料理人していただけの事はあるね。」
「あ、ありがとう。」
そんなに私、仕事できない人に見られていたかな。
「よし、できた。他の料理も出来上がったみたいだ。」
作ったじゃがいものスープを、器に入れ、トレーに入れる。
「涼花。今日最初だから、皇帝陛下の朝食にお邪魔するか。」
「ええっ!?いいの?」
「皇帝陛下も日本語できるから、大丈夫。」
パウリに手招きされて、一緒にトレーを運ぶ。
キッチンから朝食の間には、階段を使うしかなく、使用人総出で階段を運んでくれる。
「もしかしたら、皇帝陛下。もう来ているかもしれないな。」
「そうなの?」
部屋を見ないで、来てるかどうか分かるなんて、パウリ凄い人。
「失礼します。」
朝食の間の扉を開けると、やっぱり長いテーブルの向こうに、カイが座っていた。
「おはようございます、皇帝陛下。」
「おはよう、涼花。」
一人頭を下げて、早速キッチンで作ってきた朝食の、盛り付けを始める。
そしてパウリと一緒に、カイの前へ。
「涼花。昨日の夜の、歓迎会はどうだった?」
「知ってたんですか?」
「新しい料理人が入ったら、その日に歓迎会をするのが常だ。知っているよ。」
そんな、料理人の事まで、知っているなんて。
きっと使用人事なんかも、事細かに知っている人なんだわ。
「はい。とても楽しかったです。」
「それはよかった。」
するとカイはパウリに、私の分の朝食も用意させた。
「一緒に食べよう、涼花。」
「えっ……」
カイと一緒に食べるって事は、皇帝陛下と一緒にご飯食べるって事!?
「無理です。」
するとパウリが、私を椅子に座らせた。
「涼花。皇帝陛下に逆らっては、ダメだよ。」
「ええっ?」
いくらなんでも、そこは断らないとダメでしょ。
でも目の前には、もう朝食の用意ができている。
「さあ、冷めないうちに食べて。」
「はい……」
ここは思い切って、食べた方がいい!
私はスプーンを持って、料理を一口食べた。
「……美味しい。」
「だろう?」
斜め向かいでニコニコしているカイを見ると、これでよかったんだと思える。
「日本食も美味しいけれど、ルシッカの料理も美味しいんだ。」
「はい。分かります。」
まるで祖国を愛していると言わんばかり。
「皇帝陛下は、日本のどちらに留学されていたんですか?」
「センダイと言う場所だよ。」
「仙台?」
東北地方の大都市だ。
「大きな都市なのに、緑が多くてね。まるでルシッカにいるみたいだったよ。」
その話を聞いただけで、彼が眩しく見える。
なんでなんだろう。
「涼花は、センダイに行った事ある?」
「仙台はないです。」
「じゃあ、今度一緒に……」
その時カイは、近くにパウリがいる事に気づいた。
私もパウリを見ると、彼はお邪魔?という顔をして、壁の方に下がっていった。
「……一緒に行こうか。」
「えっ?」
振り向くとカイは、やれやれと言う顔をしている。
「涼花は、話を聞いているのか、聞いてないのか、分からないね。」
「すみません。」
相手は皇帝陛下なのに、ちゃんと話を聞いていなきゃ。
でもニコニコしているカイを見ると、そんな気持ちも和らいでくる。
「昨晩の料理は、口に合った?」
「はい!」
「ルシッカの料理は、ドイツ料理の影響を受けているんだ。ブルストは美味しかっただろう?」
私は、頭の上に”?”が。
「ごめん。日本では、ソーセージと言うね。」
「ああ、あれですね。美味しかったです。」
そうか。
料理がやたらビールと合うと思ったら、ドイツ寄りの料理だったのか。
「他に、生ハムもあるし、チーズだって有名なんだ。ルシッカに来て、よかっただろう?」
「……はい。」
正直、ルシッカの料理は、まだ2食しか食べてないから、よく分からない。
でも、これだけは言える。
カイがルシッカの料理を話した時、彼は眩しいくらいにキラキラしていた。
料理は愛情だって、お祖母ちゃんが言ってた。
カイは、皆の愛に包まれて、日々暮らしているんだわ。
だから、彼の暴力に耐えかねて、逃げるようにルシッカへ来た私も、温かく受け入れてくれたのね。
朝食を終え、私達は料理を入れていて器を持って、キッチンへ戻った。
「やれやれ。皇帝陛下は、日本人の料理人を気に入ったらしい。」
パウリが、嬉しそうに皆に話す。
「よかった。異国の料理人だって聞いて、皇帝陛下が気に入って下さるか、気になっていたんだよね。」
レーナが、ほっと息を吐く。
「日本人というのが、きいたんだろう。」
料理長のテームさんも喜んでいる。
「よかったな、涼花。これでルシッカで、料理人できるな。」
皆が笑顔で、私を包んでくれる。
自然に涙が出た。
「涼花?」
「ごめんなさい。泣いたりして。」
「何か、気に障る事でも言った?」
テームさんも、おどおどしている。
「違うんです。外国人の私が、急にやってきて、皆さんに受け入れて貰った事が、嬉しくて……」
皆、それを聞くとはははと笑った。
「ルシッカは、元々少数民族の集まりの国だよ。どこ出身とか気にしていたら、キリがない。」
「そうなんですか?」
「それに、日本は皇帝陛下を大切にしてくれた、唯一の国なんだよ。」
「えっ?」
私は驚いた。
大切にしてくれた唯一の国って……
「ルシッカ王国って、初めて聞くだろう?小さな国の皇帝なんて、どこも相手にしてくれないのよ。でも日本だけは違った。ちゃんと皇帝の扱いをしてくれたと、聞いたわ。」
逆に、皆の方が涙ぐむ。
「ありがとうを言うのは、ルシッカの方よ。」
皆うんうんと、私と日本を受け入れてくれている気がした。
年下皇帝の甘い誘惑 日下奈緒 @nao-kusaka
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