年下皇帝の甘い誘惑

日下奈緒

第1話 出会ったのは皇帝陛下!?

雨がザーザーと降るこの街で、私の居場所なんてなかった。


暴力彼氏から逃げるようにして家を出て、お金も服も持って来る事を忘れた私に、行く場所もない。



「大丈夫ですか?」


おぼつかない日本語。


直ぐに外国人だって分かった。


「大丈夫です。」


「大丈夫のように、見えない。」


放っておいてと思ったけれど、私の様子を見て声を掛けて来たこの人には、通じないだろう。



「家、どこ?」


「ない。」


「ない?仕事、何してるの?」


「料理人。でももう働けない。」


「だったら、僕の国で料理人する?」



それが、私の人生を変えた一言だった。



それから私は、時を見計らって、財布としばらく泊まれるだけの荷物を持って、空港に降り立った。


「来ましたね。」


「はい。あの、改めてお願いします。アルッティさん。」


「こちらこそ。」



自分でも馬鹿だと思う。


あの雨の日に出会ったばかりのアルッティさんに、付いていくだなんて。


でも他にいく場所もないし。


ここはアルッティさんを信じるしかない。



飛行機に乗って、向かう先はヨーロッパの方向だった。


「あの、アルッティさんの国って、ヨーロッパにあるんですか?」


「はい。と言っても、地図にも載っていない小さい国。」


「へえ。」


そんな小国の料理人なんて、日本人の私にできるかな。


なーんて。


ここまで来たら、やるしかない!


そして日本食ブームでも、起こしてやろうじゃないの!


日本を経って18時間。


飛行機を降り、小さな空港になぜか置いてある、アルッティさんの車に乗って、私はルシッカという国を見始めた。


「緑の多い国なんですね。」


「はい。あまり開発していない。自然を大切にする国なんです。」


いろいろと聞いていると、この国は少ない民族が、力を合わせて生きているという。


そういう国って、意外と好き。


「ほら見えて来ました。」


アルッティさんが指さす方向を見ると、そこには中世のお城が立っていた。


「立派なお城ですね。観光とか、皆来そうですね。」


そう言うと、アルッティさんは大笑いした。


「今でも皇帝、住んでいる。観光の為じゃない。」


「ええっ!?」


もしかして、皇帝がいるの?こんな小さな国に!?


って、失礼か。


「涼花には、お城で皇帝の為の料理を作ってもらう。」


驚き過ぎて、飲んでいた水を噴き出した。


「大丈夫なの?外国人に皇帝の料理を作らせるなんて!」


「涼花は外国人の私に、対等に話してくれた。」


「それは、あのね……頼れる人がいなかったからよ。」


「でも、涼花。信じられる人。悪い事する人じゃない。」


「それは、どうも。」



ひゃー。とんでもない場所に来てしまったと、思ったのが最後。


もうお城は目の前にあって、逃げられない。


「はい、涼花。ここ。」


車を降りたのは、お城の敷地内にある、小さな団地だった。


「料理人の為の家。涼花の家は、一番端にしておいたよ。」


「ありがとう。」


入ってみると、小綺麗なキッチンに、お洒落なダイニング。奥には可愛いベッドルームもあった。


「すごい。」


私は荷物を置くと、一通り部屋を見て周った。


部屋は2Rって、私が日本で暮らしていた時よりも、結構いいじゃない。


ベッドもフカフカだし、文句なしだ。



「涼花。仲間を紹介するよ。」


「はい。」


立ち上がってアルッティさんの後を付いて行く。


家からお城までは、5分程度歩くだけだ。


「皆、手を休めて。」


アルッティさんが、手をパンパン叩く。


「突然だが、新しい仲間が入った。」


皆が、オーッと叫ぶ。


「日本から来た、坂井涼花さんだ。」


アルッティさんがそう言うと、周りはガヤガヤし始めた。


やっぱり外国人だと、そうなるよね。


するとある女の子が、私の目の前に来た。


「レーナよ。日本語、少しできる。仲良くしてね。」


「ありがとう。こちらこそ、仲良くしてね。」


そして、その隣の人も近づいて来た。


「パウリだ。俺も少し日本語話せる。宜しく。」


「宜しくお願いします。」


私が頭を下げると、皆、ちょこんとお辞儀をした。


「でもどうして、皆日本語が話せるの?」


そう聞いたら、皆笑っていた。


「皇帝陛下が、日本に留学してね。それからルシッカでは、日本が大ブームなんだ。」


「留学した皇帝陛下に、日本の皆さんは親切だったそうだよ。」


皆頷いている。


そんなに嬉しかったんだ。


「でも、どうやって勉強したんですか?」


「漫画だよ。」


「えっ!漫画?」


「皇帝陛下が日本の漫画と辞典を、多く輸入したんだ。」


まさか、こんなところにも、日本の漫画が役に立っているなんて。


なんだか嬉しくて、涙が出た。


「ありがとう。日本を知ってくれて、ありがとう。」


「おいおい、泣かなくてもいいよ。」


「そうよ。ルシッカは、日本好きよ。」


涙を拭くと、私は笑顔を見せた。


「明日から働きます。宜しくお願いします。」


皆から拍手が上がった。


心機一転、ここで頑張ろう。



「涼花。もう一人、紹介する。」


「はい。」


アルッティさんの後をまた歩いて行くと、お城の庭に出た。


「うわーすごい……」


「でしょう。ルシッカ王国の中で、一番花が咲き乱れている場所です。」


色とりどりの花を見ながら、私はアルッティさんの後を歩く。


「ああ、あそこにいる方が、もう一人引き合わせたい人だよ。」


アルッティさんが指さす方向には、軍服を着た一人の青年が、立っていた。


ドキドキした。


なんてスラッと、身長の高い人なんだろう。


髪もサラサラで、まるでシュガーボーイみたい。


日本にいたら、アイドルで通用しそう。


「皇帝陛下。かの料理人を、連れてい参りました。」


振り向いた陛下は、蒼い目をしていた。


素敵。絶対、王子様だ。


って言うか、皇帝陛下って言うくらいだから、もう王様なのか。



「初めまして。君が涼花だね。」


「は、はい……」


「カイ・ロン・カイネンだ。皆、カイネンⅢ世とか、陛下と呼ぶ。宜しく。」


「よ、宜しくお願いします。」


急に手を差し出され、無意識に両手で握手をしてしまった。


「ははは。日本人女性は、恥ずかしがり屋だね。」


日本語で話しかけられているのに、なぜか返事ができない。


偉い人だって、解っているからなのかな。


「そんなに緊張しなくてもいいよ。気軽にカイって呼んで。」


「ええっ!」


急いでアルッティさんに、助けを求めた。


「いいのでは?」


面白そうに笑っている。


「じゃあ、カイ。」


「何だい?」


呼び捨てにしても、普通に返事している。


「これから、宜しくお願いします。」


「こちらこそ。」


さっきのクセで、カイに握手を求めたら、アルッティさんに振り払われた。


「握手はまだ早い。」


「ええっ!」


握手に早いとか遅いとかあるの?


「ごめんね。外国から来たばかりの人とは、直ぐに握手できない決まりなんだ。」


「へえ……」


そうだよね。


誰でもほいほい握手してたら、誰にでも襲われちゃうもんね。


実際、今だってカイとは距離があるし。


「それじゃあ、私はこれで失礼します。」


「ああ、また。」


カイが手を振ったから、つい反射的に手を振ってしまった。


しかも、カイは笑っている。


余程、日本から来た私が、面白かったのかな。



「気さくな方だったでしょう。皇帝陛下は。」


「はい。って言うか、私これからもカイって呼んでいいんですか?」


「いいのでは?ただ、二人だけの時だけですよ。皆といる時は、皇帝陛下と呼ぶように。」


「はい。」


そりゃあ、そうだよね。


皆の前でも、平気で「カイ~」なんて呼んでいたら、日本から来たあの女はバカか?と思われるもんね。


気を付けよう。



「さあ、今日はこの辺にして。食事にしましょう。今日はあなたの歓迎会だそうですよ。」


「うわあ。嬉しい。」


お城のキッチンに行くと、豪華な料理がたくさん作られていた。


「皆さん、ありがとう。」


華やかな宴は、夜遅くまで続いた。


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