1-終,クマに金を溶かして

n回目、いや、二十五回目。


再度店員さんを呼んだ日暮先輩は、置き直しに加えて補助を要求していた。

「そうしましたら、初期位置のお直しで」

「あー、どうですかね。つかめないところまで来ちゃったんですけど、パーテにはかかっているので」

「確かにそうですね……。このまま奥にずらしますね、それで狙いやすくなるかと」

「助かります。あ、両替二回目なんで。」

「はい」

私が昨日断念した二十五回目。なんとなく因縁を感じる。

「んふ、かなりチャンスだね、これは」

不敵に笑う先輩。景品獲得口のパーテーションに、クマの頭が完全に乗っている。

「ちょっと早めにゲットして、補助しすぎたーって後悔させてやろう。ふっふ」


律儀とは何だったのか。店員さんを見つめる死んだ目が、悪役のそれである。

「頭持てば一気にいけるかな……いや、パーテにかかって上手くいかなそうかも?でも足持ってもなあ。ひっくり返ってくれるかなあ、そこまで頭が飛び出ているわけでもなさそうだし……決めたいなあ、そろそろ」

真剣に悩む先輩の顔が、悪役幹部会議の感情無し担当と重なる。

駆け巡る様々なアニメの敵。『ねえ、苦しいって、どんな感情?教えてよ』とか言って欲しいかもしれない。


「よし決めた。足で行こう」

感情のない敵こと日暮先輩はアームを操作して狙いに行く。

「おお……」

二人の視線が落ちていくアームに注がれる。狙うはクマの足。胴と股の間にアームが挟まり、ドンピシャリだ。

『ウワー』

クマの足が持ち上がる。

「「お、おお……?」」

持ち上がって、どんどん動いて、

「「うおおお……!?」」

するっ。

「あっ」

「まあそっかー。」

『フッフッフ、アマイゾ』


とれないんかーい、この流れで。


この流れで取れないんかーいを、もう四回も繰り返した。

(あー、やばい、本当に飽きてきた)

二千五百円から数えて六プレイ目、つまりもう三十回目だ。

(ゲーセンにこんな金突っ込んだことないって……)


「浦田ちゃん、お待たせ」

「はぃ」

「飽きたでしょ、もう」

「正直、ハイ」

「お待たせ。ふしぎなおまじないの出番よ」

先輩は相変わらずレバーを動かしながら話す。

「え、なんで」

「そりゃラン……いや、まほうで分かるの」

先輩は目以外で優しく微笑む。マッドサイエンティストかよ。あと、「まほう」は意地でも突き通すらしい。

クマのぬいぐるみはほとんど初期位置のところで転がっている。位置的なチャンスタイムはとっくに終了しているって訳だ。

「やっぱり穴場を狙わない限りこのくらいは値段かかるよねえ、まあいいけど」

先輩は適当にぬいぐるみの真ん中を狙ってアームを下ろす。

「あれ、端っこじゃなくて良いんですか」

「ん。良いの。」

クマのお腹を中心に捉えたアームはそのまま持ち上げ、移動を始める。


(あ……)

モニターの『あと一回』表示が『あとゼロ回』に変わっている。

「オーライ、オーライ、くるくるどーん」

先輩はクマに向けて指をぐるぐると動かす。

「おわ、」


先輩が最高のキメ顔でこちらを振り向く。

クマを持ち上げたアームはそのまま、景品獲得口へと、


「では浦田っちゃん、ご覧あれ……日暮的、確定演出。どっかーん」


『おめでと~!!!』

カランカランカラン!と大げさな効果音と共に周りのUFOキャッチャーまでもがびかびかと点滅する。景品獲得口に、くまが倒れ込んでいる。

『ヤラレタ』

ピンクの、黒リボンのティディベア。


『さあ、おめでとうございます!ただいまUFOトリプルより、クマのBIGぬいぐるみ獲得されましたぁおめでとうございますっ!』

先ほど聞いた明るい萌え声が、店内放送を通して頭上に響く。

「うわ、うわ、おお、先輩っ!」

「浦田ちゃん」

先輩はとても楽しそうに手を上げる。


「やりぃ」


「……っはい!ありがとうございます!」

ぱちん。

騒がしい店内にハイタッチが一瞬だけ響く。

「ただの魔法だけどね」

「いえ、お金使って取ってくださって、嬉しいです」

「そっか。私も満足かも。へへ」

先輩は傷だらけの眼鏡を外すと、リュックのサイドポケットに突っ込む。直で。

(直だ……)

「じゃあ、帰ろうか」

「あっ」

「ん?」

「危ない、袋取ってきます。」

「ああ、うん」

近くの棚から大きな袋を掴んでクマを突っ込む。今度は私がクマちゃん抱きかかえ女子大生になるところだった。


「帰り道、ほぼ一緒ですね」

「んね、大学の後輩が地元にいるとは。」

八王子から乗り換えて数駅。端整な住宅街に続く帰り道を、日暮先輩と私は歩いていた。

二人とも巨大な景品袋を抱え、もう暗い夜道をいっぱいに使って並んでいる。

「しかし、大学に入ってから誰かと下校するのは初めてです。」

「へえ、あ。私もかも」

「先輩……二年生ですよね」

「はっはっ、まあまあ」

バスが右横を通過する。

「別に一人でも構わないって思ってたし、今でもちょっと思ってるけど、これも悪くない。って私は思っちゃうんだけど、どう?」

「はい。先輩と遊んで帰宅して……こんなのもありかもですね。」

「推しのライブとどっちが楽しい?」

「うーん……推しには負けるかもです」

「あっはは、正直~。気を遣わない系オタクだ」

「すいません」

「面白いから許す」


自転車が通り過ぎる。

「バイトさ、決まってないんでしょ」

信号で立ち止まると、先輩が呟く。

「さっき言ってた。」

「はい。難航してます」

「じゃあさ、


うち来なよ」


「あ……」

風が吹く。後れ毛がなびく。何かが、動いていく気がする。

「そこのさ、駅前のゲーセンで働いてるんだ。募集もかけてる。」

「……考えてみます。」

「うん、考えてよ。」

へへ、と笑う先輩の背後で、信号が青に変わる。

「じゃあ、私ここで曲がるから。」

「はい……あの!」

「ん、何」

「ありがとうございましたっ。」

「お、改まるね」

「いえ、あの、私こんなんなので友達とゲーセンとか行ったことなかったし、」

昨日今日と変なことばかりだったが、正直、

「楽しかったですっ」


「友達……」

「あ、いえ、あの、すみませんおこがましくてっ、友達じゃなくてせんぱ-」

「あ、いいよ、友達。ふふ、友達。」

信号が点滅する。止まれの赤信号に照らされた先輩の顔が、赤く染まる。


「よろしくね、友達のここ。『くれな』って呼んで」


「……っはい!友達の、くれな先輩。」

ちょっと照れくさい。照れくさいけど、でも。先輩の、くれな先輩のその奥目がちょっと嬉しそうに光ったような気がする。


久しぶりにバスを使わないで帰宅したあと、脚がパンパンの私はすぐ風呂に入って、飯を食って、床についた。

床に敷いた硬いせんべい布団。でも今日は昨日とは違う。

「おやすみぃクマちゃん先輩、へへ」

ぎゅっと抱きしめて寝たその夜は、いつもより安心できた気がした。

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ゲーセンで金を溶かせ 富良原 清美 @huraharakiyominou

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