1-5,トリプルで金を溶かせ
「先輩、いきます」
「はい。お願いします」
いろいろ落ち着いた数分後。私たちは再びクマちんと向き合っていた。
先輩は生気の無い目でプラスチック板の向こうを見つめ、がま口をパチンと開ける。
「いくら不思議な力があろうとも、いたずらに金を溶かすわけじゃないよ。一回目から、ちゃんと狙う」
わし、とがま口に手を突っ込んだ先輩は、一気に五枚、五百円を投入する。
「え、先輩……?一気に五百円も……?」
「使えるものは全部使うべき。モニター見てみ。」
先輩に促されてお金投入口そばのモニターを見る。
「あ、五百円六プレイって書いてある」
「そ、百円一プレイよかお得でしょ」
先輩はUFOキャッチャーをのぞき込みながらアームの調節をする。
「お、大きい景品って重そうですよね」
「うーん、いやそんなこともないよ。トリプルはアームもでかいから、掴めないことはない。」
「とり……?」
「あ、このでかいUFOキャッチャーの名前ね。アームが三本のUFOキャッチャーだからUFOトリプル。」
すんなり答えてくれた。聞いていい質問だったみたいだ。
「三本爪の筐体は基本的に持ち上げてそのままゲットです、とはならない。それじゃあ百円で取り放題だもんね、商売にならん。魔法が例外」
「じゃ、じゃあどうやって取るんですか……?」
「引きずる。こうやって」
アームの位置を早々に決定したらしい先輩は下降ボタンを押す。
『お願いしますっ!』
昨日ぶりの声がトリプルから流れる。
「分かる?」
「えと、だ、だいぶ端っこを掴んでますね……」
「そう。日暮的プライズ攻略術その一。『縦に長いプライズは端をもって引きずる』」
クマの頭だけを掴んだアームがふよふよと移動し、結局放してしまう。
しかし、昨日の私と違うのは、
「あ、向きが……」
なるほど。クマの頭だけもった分、お尻側に比べてそちらが大きく動いている。結果、景品獲得口に頭部が近づいた、横向きの姿勢になるわけだ。
「昨日やった感じ、十分にパワーは入ってたからね。上手くいけばかなり早く取れるかもしれない。このまま頭だけ狙ってパーテに乗せたい」
「す、すごい……」
先輩は既に二回目をプレイしている。景品獲得口に近づいたクマの頭はしかし、景品獲得口を阻むパーテーションと接触しかけている。
「アームどうだろう、パーテに当たっちゃうかなあ……。でもまあ、ちょっとした腕の見せ所ですか」
かちゃかちゃとアームを動かして、先輩は再び下降ボタンを押す。
「お、おお……」
アームが下へ降りていく。パーテーションのわずか一センチ内側。狭い隙間をくぐり抜けて、アームがしっかりとクマの頭を掴む。
「よかったー、思った通り」
「すっご……」
アームを完璧に思った座標に下ろせるのか、この人は。クマの頭がふよふよ移動する。
(やっぱり達人じゃないか……)
「あ、だめだ」
「え?」
先輩がつぶやくと同時にぬいぐるみがするりと抜け落ちる。パーテーションに当たったぬいぐるみが跳ね返り、逆側まで戻っていってしまった。
「ああ……惜しかったですね」
「え?いやそんなことないけどね」
そんなことないのか。先輩はまたぶつぶつし始める。
「二回でジェミィ呼ぶのもしゃくだなあ……どうせ取れるのは先だろうし。うん、爪届かなくなるまではやるか。」
本当に適当です、という風に上げては落とし、上げては落とし、結局先輩は五百円を二周、計十二回を終わらせた。
(ちゃんと狙うとは……?)
なかなか失礼なことに、私はちょっと飽きてきていた。十回目くらいからアームが上手く入らない位置まで動いてしまったらしく、せいぜいぬいぐるみをなめる程度でほぼ動かなくなっていた。
(おいおい、とれるんか、これ)
思わずクマちんをのぞき込む。
『モット、カネヲ』
おい……。
「浦田ちゃん」
「あ、あわ、はい」
「今何回目か覚えてる?」
「え、あと、五百円を二回したので、間違えていなければ、あの、十二回ですかね。」
「そうだね。」
先輩はモニターをタッチしてがま口を開く。トリプルが黄緑色に光り出し、『両替中です』の文字が表示される。
「いくら使ったかって麻痺しやすいから、そこだけは意識しておくと良いよ。」
「あ、はい」
確かに昨日は麻痺してたかもな……。十回そこらかと思っていたら二千五百円が消えていた時の衝撃よ。
「じゃあ、もう千円両替してくるから」
「ぁっす」
たたっと駆けていく先輩。
『両替中です。しばらくお待ちください。』
女の人の声がトリプルから流れる。けたたましい店内にも少し慣れてきたかもしれない。店内BGMからは話題のアニソンが、UFOキャッチャーからは例のよく分からないキャラの声が聞こえてくる。
「なんか私……ちょっとサブカル女っぽいかもな」
トリプルにもたれて独りごちる。
「ふへ」
両替から帰ってきた先輩は、また別の店員さんを連れてあらわれた。
「あそこ、初期位置までお願いします」
さすがに端に寄りすぎていたぬいぐるみ。ようやく先輩は元に戻すらしい。
「はい、かしこまりました」
しかし、ゲーセンの店員さんは派手な方が多いな。同い年くらいのピンク髪ツインテール傷だらけ眼鏡お姉さんが対応してくれる。眼鏡の扱い方に親しみを覚える。同士か。小さいネームプレートにローマ字でKOTEと書かれているのが見える。
萌え声ピンク髪店員、こてさんはポケットから鍵束を取り出すと手際よく扉を開け、クマちゃんを元の位置までリセットする。
「あ、両替一回目です。見てたと思いますけど、一応二千円目入ります」
「はい、ありがとうございます。じゃあ、そうですね。ちょっと寄せておきますね」
お、サービスが入った。クマが気持ち獲得口に寄る。工具か何かか、雑多に入った腰のポーチが重たそうに揺れる。よく見ると、キャラ人気が沸騰しているアニメの、イケメンたちの缶バッジが大量に付いており、かちゃかちゃと音を立てている。アニメのメイトの店員さんみたいだ。
「はい、どうぞ。お待たせいたしました」
「ありがとうございます」
ささっと対応を終わらせた店員さんは丁寧に会釈すると素早く作業に戻っていく。先輩もかなり丁寧に対応している。
(至極真面目に仕事しているよな……)
ギャップ萌え、だろうか。正直、“良い”。小走りに作業する店員さんの耳元でピアスが黒光りする。
「サービスしてくれて、良い店員さんですね」
「え?ああ、ね。ふふっ」
「?」
先輩はちょっと嬉しそうに微笑む。やっぱり、目が細まると生気が生まれる。
「良い店員か。もうずっと当たり前の仕事だと思ってたから、そう思ってくれるお客さんもいると思うと、ね。なんか嬉しいかも。」
あ、目開けちゃった。こんなにも嬉しそうにしゃべっていて目だけ死んでいるの、相変わらず慣れない。
「店員さんはプレイ中のお客さんには基本、目を掛けているよ。いくら使ったか、とか苦戦しているか、とか。通常業務の内だし」
「あ、そうなんですか」
「そそ。お客さんの対応が最優先。呼び出し回数に制限はないしね。極論、一回ごとに置き直しをさせてもいい。」
すっげぇやめて欲しいけど。先輩は苦い記憶を思い返すように顔をしかめながら、モニターに表示されている『両替終了』ボタンを押す。ぴこん、と音がして、黄緑一色に光っていたトリプルがまた、カラフルに光り出す。
「先輩も、ゲーセンで働いているんですか」
「そうだね、大学入ってからずっと。あ、ここじゃないよ。地元のゲーセン」
先輩はまた一気に五百円を入れる。モニターから音が流れ、『あと六回』の表示が出る。
「接客業経験すると、店員さんには感謝しないとって思うよねえ。」
「なるほど」
「うん。まあ必ずしも私のようにする必要は無いんだけどさ。初期位置まで直すのは完全に動かなくなってからとか、両替を千円ずつやって店員さんにもいくら使ったか把握しやすくして、とか。私がちょっと気にしぃなだけ。お金使ってるのはこっちな訳だし、早めの補助とかも期待するよ、全然。」
でもさ、と。先輩は前だけ見て話を続ける。
「客だろうと、気配りには気配りで返したいかな。私はね。」
「……律儀ですね」
「真似しなくて良いよ」
二千円、二十四回目までは、そんな会話に時間が溶けた。
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