第4話 契約成立

 今この部屋にいるのは、俺たち三人だけだ。


 地球人の二人は、夜も遅いと言うことで、眠りについたらしい。ミリアもすでに寝具にくるまってスヤスヤと寝息を立てている。


(こんな状況でも、呑気なものだな)


 俺は、普段と変わらないミリアの寝顔を見ながら安堵した。


 これまでの出来事を振り返りながら、これからの方針についてハイルと会議を始める。


「ひとまず、この住居の地球人とは友好的な関係が築けたと言っていいだろう」

「はい、私も同じ考えです」

「まずは、この惑星の戦力評価から。主要な軍隊が使う武器は、銃とのことだが、ハッキリ言って、動力が星力でない以上、脅威ではないな」

「はい。爆発の力で弾丸を飛ばす程度の武器では、どれだけ工夫しても光線銃ほどの威力は発揮できないでしょう。戦略兵器においても、星術で無力化することは容易かと」


 ハイルの意見に同意する。


 この惑星では、動力の源を『化学』と呼ぶらしい。宇宙で一般的な『星学』に比べれば、技術レベルは雲泥の差だ。


「それで、お前はどう思う?」


 全てを説明せずとも、現状で最も懸念するべき点をハイルなら理解しているはずだ。


「先ほどの地球人の反応を見るに、世間一般に星力が認知されていないのは事実でしょう。しかし、何度も申し上げたとおり、この惑星が保有する星力の規模は異常です。それがどれほど大きな組織かは判断できませんが、やはり存在するでしょう。意図的に星力の存在を隠している者が」


 裏で暗躍する組織は、どの惑星にも存在する。しかし、この惑星は特別だ。


 これほどの星力を持ちながら、なぜ宇宙にその存在を知られていないのか? 何かが、この星の存在を隠蔽しているからに違いない。


 そして、最も不可解なのは、この星の住人が星力という概念すら知らないことだ。


 星力を利用すれば、今の文明レベルを遥かに超えることができるはずなのに、なぜそれをしない? 一体、誰が、何のために……


 謎は深まるばかりだ。情報が少なすぎる現状では、これ以上の推測は不可能。やはり、まずはこの惑星について詳しく知る必要がある。


 未来との会話である程度の文明レベルは把握できたが、些細な情報の中にこそ、この星の秘密を解く鍵が隠されているかもしれない。


 まずは、あらゆる情報を集め、その中から真実を見つけ出さなければならない。


「今後もこの家の地球人たちとの友好関係を深めつつ、広範囲に渡って少しずつ情報を集めていくとしよう。平和なこの惑星では、俺の力は役立ちそうにない。お前が頼りだ、ハイル」

「はっ! お任せください、アルフリード様」


 そうして俺たちも眠りについた。警戒を怠ることなく、夜は更けていった。




 本城 名雪の憂鬱①


 今日も、いつものように日記帳を開く。だけど、ペンの進みは遅い。今日起きた出来事は、あまりにも非現実的すぎて、一体どう書けばいいのか頭を悩ませてしまう。


 今日は、学校で男子生徒に告白された。高校に入ってから何度か経験はあるけど、やっぱり慣れないものは慣れない。しかも、相手はちょっと評判の悪い男子だったから、余計に困ってしまった。その場で断ったけど、「諦めないからな」なんて捨て台詞を吐かれてしまった……


 でも、そんな悩みなんて、もうどうでもよくなってしまった。


 だって、家に帰ったら、そこに宇宙人がいたんだから!



 アルフリード・レウィス。

 前髪が少し目にかかるくらいの長さで、サイドと襟足を刈り上げた、燃えるような赤髪と、彫りの深い顔立ちが印象的な、長身の男性。

 服を着ていてもわかるほど鍛え上げられた体躯は、彼が本物の剣士だと物語っている。

 その瞳は常に冷静で、こちらの心の内を見透かしているようだった。


 ハイル・ミラー。

 腰まで届きそうな光り輝く金髪と、穏やかで優しい印象を与える顔立ちの、すらりとした長身の男性。

 礼儀的でその紳士たる所作で振る舞う姿は、まさに貴公子といった印象だ。

 裾に金色の刺繍が施された清潔感のある真っ白なローブを身に纏い、どこか神秘的な雰囲気を漂わせていた。


 ミリリアード・レウィス。

 まるで燃え盛る炎のような、鮮やかな赤毛をツインテールに結んだ少女。透き通るような白い肌に、大きな瞳を輝かせ、小さな口をちょこんと開けたその姿は、まるでお人形さんのように愛らしい。



 彼らは皆、見慣れない衣装を身に着けていたが、顔立ちは私たちとそう変わらない。強いて言うなら、コスプレイベントに参加している外国人といったところか。


 まだ詳しく決まったわけではないが、話の流れからママは宇宙人を居候させる気満々のようだった。


 家全体をピカピカにしてもらったことを考えれば、衣食住を提供して居候させるくらい、お安い御用なのかも? 業者に頼めば、かなりの額になるはずだ。


 パパも単身赴任でほとんど家にいないし、使ってない物置部屋もある。三人暮らしには少し狭いかもしれないけど、なんとかなるだろう。


 今更反対しても無駄だ。ママは一度決めたらてこでも動かない性格だから。


「ちょっと明里に話してみようかな……」


 日記帳を閉じ、そっとペンを置いた。誰かに話せば、この胸のモヤモヤが少しでも晴れるかもしれない。私は、親友の明里に電話をかけることにした。


『どったの名雪? 立て込んでるんじゃなかったの?』

「いや、それはそうなんだけど、ちょっと聞いてほしいことがあって……驚かないで聞いてね? 実は私の家に宇宙人が来たの」

『あははは! 急に冗談なんてどうしたの名雪!? 「うるさいわよ明里! 後がつかえてるんだから早く済ませなさい!」ご、ごめんね名雪、今髪乾かしてる途中だからまた後でかけ直すね!』

「いや、こっちこそ変なこと言ってごめんね。急用じゃないから、また学校で話すよ」

『そう? じゃあまた学校でね!』


 まぁ、当然と言えば当然の反応だろう。私も、数時間前だったら同じように笑っていたはずだ。


 いくら考えても仕方ない。現実を受け入れるしかないのだ。もしかしたら、これはただの夢かもしれない。明日になれば、何もなかったことになるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら、私はベッドにもぐりこんだ。




 翌朝、かすかな物音を聞いて目を覚ますと、同じタイミングでハイルも目を覚ましたようだ。


「お目覚めですか、アルフリード様」

「あぁ、お前も起きたか。ミリアは……もう少し寝かせておくか」


 ハイルは苦笑いしながら頷いた。


 隣を見ると、ミリアは布団を蹴飛ばして寝返りを打っている。小さな身体が半分はみ出していたので、起こさないように布団を掛け直した。


 俺たちは静かに部屋を出て、階段を下りていく。


 一階に下りると、カチャカチャと食器の触れ合う音と、水の流れる音が聞こえてきた。リビングの扉を開けると、未来がエプロン姿でキッチンに立っていた。シンクには、泡が立ち、洗い物の最中だったようだ。


「あら、おはよう、二人とも。よく眠れた?」


 未来はこちらに気づくと、明るい笑顔で挨拶をしてきた。


「おはよう、未来殿。おかげさまで十分な睡眠を取ることができた」

「おはようございます、未来様」


 ハイルは深々と礼を示した。


「これから朝食の準備をするんだけど、まだ時間が掛かりそうだからテレビでも見ていてちょうだい」


 未来はリビングのテーブルに置かれてるリモコンを手に取ると、黒い画面に映像が浮かび上がった。宇宙で普及されている投影ビジョンと似たようなものなのだろう。


「今の時間はニュース番組しかないけど、少しは地球の情報が知れるかもしれないわよ」

「なるほど、それは願ってもない情報だ。感謝する」

「感謝します、未来様」

「そんな、いいわよこれぐらい」


 未来はキッチンに戻ると、飲み物をついだグラスを運んできてくれた。透き通った琥珀色の液体は、ほのかに甘い香りがする。


 今更心配する必要もないので、俺はグラスを手に取り、一口飲んでみた。


「……美味いな」

「それは紅茶よ。お口に合って良かったわ」


 提供してもらった紅茶を口にしながら、朝食ができあがるまでの間、ハイルとテレビで見た情報を整理していった。



 しばらくすると、目を覚ました名雪がリビングに入ってきた。


「……おはよう、ママ」


 扉を開けて入ってきた名雪は、寝癖で髪がボサボサになっていた。


 そして、パジャマの襟元が大きくはだけ、白い肩が露わになっている。その白い肌の上には、細いレースの紐が見えていた。


「おはよう名雪…… あなた、寝起きだからって人前でそんなだらしない格好、見せるものじゃないわよ?」


 名雪はキョトンとした顔をして未来を見た後、こちらに視線を移した。


「おはよう、名雪殿」

「おはようございます、名雪様」


 ようやくそこで俺たちの存在を思い出したのか、目を丸くして驚いた後、見る見るうちに顔が赤くなった。


 そして、勢いよくリビングの扉を閉めて、階段を駆け上がって行ってしまった。バタン、と大きな音が響き、静寂が戻る。


「ごめんなさいね、あの子、朝に弱いのよ。それと、もう朝食ができあがるから、ミリアちゃんを起こしてきてもらえる?」


 未来が困ったように笑う。


「では、私が」


 俺が何かを言う前に、ハイルがさっと立ち上がった。


 居候の身で何もしないのも気が引ける。俺はキッチンから未来が作った食事を食卓に運ぶ手伝いをする。


 食事を運び終えたところで、二階から三人が降りてきた。


 名雪は先ほどとは打って変わってきちんとした服に着替え、髪も整えている。一方、ミリアはまだピンク色のパジャマ姿で、眠そうな目をこすりながら、ハイルに手を引かれてやってきた。


 ハイルはいつも通り冷静な表情を浮かべているが、その瞳の奥には、疲労の色が見える。ミリアの寝起きの悪さは、今に始まったことではない。


「「「いたただきます」」」


 昨夜と同様に、俺たちは未来の用意してくれた朝食を堪能した。


 こんがりと焼けたトーストは、バターの芳醇な香りが食欲をそそる。その隣には、ぷっくりと膨らんだ黄身が食欲をそそる目玉焼き、カリカリに焼かれたベーコン、色とりどりの野菜が盛られたサラダ。


 食事中、未来はそれぞれの料理について丁寧に説明してくれた。食材の組み合わせや調理方法、味付けに至るまで、地球人の食への探究心は目を見張るものがあった。


 これまで、戦時中を想定した保存食ばかりを口にしてきた俺たちにとって、それは新鮮な驚きだった。栄養さえ摂取できれば十分だと考えていたが、食事がこんなにも豊かな時間になることを初めて知った。


 名雪とミリアが朝食を頬張る中、俺は未来に切り出した。昨夜の会議と、ニュースで得た情報をもとに、今後の計画を相談する必要がある。


「未来殿、さっきニュースで『図書館』という場所があると聞いたんだが、我々も利用することは可能だろうか?」

「誰でも利用できるから大丈夫よ。でも、文字は読めるのかしら?」

「この指輪の機能で、文字を翻訳することも可能だ」

「なら私が連れてって……あっ、そうよ! そんな回りくどいことしなくても、学校に通えばいいじゃない」

「学校とは、兵士を育てるための施設――」


 名雪は、椅子をガタリと鳴らし、勢いよく立ち上がった。


「ゴホッゴホッ! ちょっ、ちょっとママ!! 本気なの!?」

「もちろん本気よ。図書館で本を読むだけじゃ、知ろうにも限度があるでしょ? 子供たちと同じように、学校でいろんなことを経験した方が、きっと多くのことを学べるはずよ」

「それなら、インターネットでも見せて調べさせればいいじゃない」

「私は機械にはあまり詳しくないのだけど、インターネットは間違った情報も多いのでしょう? その点、学校なら信頼できるわ」


 未来の言葉にぐうの音も出ない様子の名雪は、こちらを睨みつけてきた。


「でも、こんな大きな人が高校生は無理があるでしょ!?」

「身長のことか? それなら心配ない。この指輪を使えば、大きさの変更は可能だ」

「な、なんなのよ、その指輪……」

「くくくっ、アイリーンは天才なのじゃ」

「なら心配はないわね。制服は用意できるし、転校の手続きもパパに頼めば何とかしてくれるでしょう。それより名雪、もうそろそろ時間じゃないの? 遅刻しても知らないわよ」


 名雪は時計を確認すると、焦ったような表情を浮かべて、大急ぎで残っていた朝食を食べ終えた。


「私は絶対反対なんだからね!?」


 捨て台詞と共に、名雪はリビングを出て二階に駆け上がって行ってしまった。バタン、と大きな音が響き、再び静寂が訪れた。


「名雪はああ言ってるけど、悪い提案じゃないと思うわ。うちのパパは学校で一番偉い立場の人なのよ。だからある程度は融通が利くだろうし、学校なら名雪もいるから多少は助けてくれるはずよ」


 未来の言葉に、少しばかり違和感を覚えた。何か別の意図があるかのような、そんな雰囲気が感じられる。


 横にいたハイルと目が合う。彼の表情は硬く、未来への疑念の色が浮かんでいた。


「未来様。それは私たちからすれば、非常にありがたい申し出であることは事実です。しかし、ここまでしてくださる理由は何でしょうか?」


 確信を突くように、ハイルがまっすぐに未来を見つめて問いかける。その声は、いつもとは違う、冷たい響きを含んでいた。


 未来は少しの間、視線を落とし、何かを考え込んでいるようだ。やがて、彼女はゆっくりと顔を上げ、静かに立ち上がった。


「そうね、ちゃんと話すべきよね。ちょっと待っててちょうだい」


 それだけ言うと、未来はリビングを出て行った。


 少しして、玄関の方から小さな話し声が聞こえてくる。


「絶対考え直してね、ママ?」


 名雪の声だ。彼女は、まだ納得していないように不満げだった。


「ママはちゃんと考えているわよ」


 未来の声はいつもより少しだけ低く、真剣なものだった。その声色からは、娘を案じる母親としての深い愛情と、自分の決断に対する揺るぎない自信が感じられた。


「もう、返ったらまた続きを話すからね!? 行って来ます」

「行ってらっしゃい。車には気をつけるのよ」


 ガチャリと玄関のドアが閉まる音が響いた。


 名雪を見送った後、未来がリビングに戻ってきた。


「……お待たせしたわね。さっきも言ったように、うちのパパはそれなりに立場のある人で、最近始めた新事業を良く思ってない人もいるらしいの。まだ何か起きたわけじゃないけど、少し心配なのよね」

「それは、何者かに命を狙われているということか?」

「いや、そこまでじゃないと思うけど、保険はあるにこしたことはないかなって。あなたたちは、星術みたいな特別な力も使えることだし」


 未来の言葉に俺は静かに微笑み、視線を返した。


(なるほど、俺たちの力を利用しようというわけか。だが、それは悪い話ではない)


 利用されること自体は、何も悪いことじゃない。重要なのは、こちらにとって利があるかどうか、それだけのこと。


「ならばこうしよう。未来殿、俺たちデストロイヤー軍に依頼をする気はないか? これまでも、俺たちはそうやって依頼をこなすことで生計を立ててきた」


 俺は、未来の目を見て、真剣な表情でそう言った。


「……えぇ、あなたたちに依頼をするわ。『私たち家族を守ってほしい』見返りは、地球で生活するための衣食住の提供、そして、地球に関する情報を手に入れるためのサポート。これでどうかしら?」

「ハイル、異論はあるか?」

「何もございません」


 ハイルの言葉に俺は頷いた。


「その依頼、デストロイヤー軍がしかと承った」


 未来に手を伸ばし、力強く握手を交わした。

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宇宙最強の星賊、地球の高校に潜入? ポヨン @poyonsan

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