第3話 地球の常識、宇宙の非常識

 控えめに言っても、この料理は絶品だった。今まで食べたどんな料理よりも美味いかもしれない。あまりの美味さに、地球人への警戒心も忘れて、食事に夢中になってしまったほどだ。ミリアとハイルも、きっと同じ気持ちだろう。


 星賊である俺たちは、宇宙船での生活が基本だ。食事も簡易的なものばかり。たまに着陸した惑星で現地の料理を食べることもあるが、こんなにも美味しい料理は初めてだ。


 思わず二杯もおかわりをしてしまったが、そろそろ、本題に戻る。


「まずは改めて自己紹介させてもらおう。俺の名はアルフリード・レウィス。アルフと呼んでくれて構わない」

「私はハイル・ミラーと申します。私のことはハイルとお呼びください」

「妾の名はミリリアード・レウィスなのじゃ! そなたたちには特別に妾を、ミリアと称することを許すぞ」


 俺が目配せをすると、ハイルが続いて自己紹介をした。しかし、ミリアの高飛車な物言いに、本城名雪の顔が一瞬曇る。


「あのー、もしかしてミリアさん? 様? は偉い人なんですか?」

「いや、こいつは俺の妹だが、ただの阿呆だ。おかしな言動をするかもしれないが、気にしないでくれ」


 俺の言葉にミリアが反論しようとしたが、ハイルがすかさず口を塞いだ。


「私は本城未来。未来って呼んでちょうだい」

「わ、私は名雪で……」


 親しみやすい笑顔を見せる未来とは対照的に、名雪は戸惑いを隠せずにるようだった。


「承知した、未来殿。そして、名雪殿。では、さっそく本題に入らせてもらう」


 俺は姿勢を正し、真剣な眼差しで二人を見た。


「我々は第四大銀河のアルメイヤ太陽系から、銀河穴によってこの惑星に飛ばされてきた。そのため、この地球という惑星に関しての情報が何もない。加えて母船を失ってしまったため、この身一つで行くあてもない状態だ。先ほどの料理も、さぞかし高級なものであったろうが、今の我々にはその対価を支払う術がない」

「第四大銀河? 銀河穴? 何のことだか、さっぱりだわ」


 未来は首を傾げた。


「えっと……どうやらこの人たちは宇宙から来たらしいの」


 名雪が、恐る恐る説明する。


「何を冗談言ってるの、名雪。コスプレをした外国の方たちなのでしょう?」


 未来は信じられないといって様子で俺たちをまじまじと見つめた。


「私も急すぎて理解が追いついてないんだけど、さっき部屋に戻ったらいつの間にかこの人たちがいたの」

「……宇宙人だと証明することはできるのかしら?」

「(これは宇宙で最も普及されている言語だ)」


 俺は、左手の指に嵌めた指輪をゆっくりと外し、宇宙共用語で話しかけた後、再び指輪をはめ直して話しかける。


「こうして会話できていること自体が、証明の一つと言えるだろう。今、俺が話した言葉は、宇宙で最も普及している言語だ。この指輪のおかげで、貴殿らにも理解出来る言葉に変換されているはずだ」

「確かに一度も聞いたことのない言葉ね。それに喋ってる言葉も日本語にしか聞こえない……なら、私は世界で初めて宇宙人に料理を振る舞った人間ということになるのかしら」


 未来は大きく息を吐き、強張っていた表情を和らげた。抱いていた疑念が晴れたように、彼女の瞳には好奇心の光が灯る。


「それで納得しちゃうのママ!?」

「だって玄関から入って来た様子もなかったし、ワープしてきたって話なら納得できるでしょう? それにこの人たちが嘘を吐いているようには見えないわ。こう見えても私は人を見る目はあるの、だから名雪も安心して良いわよ」

「いやできないよ! それに宇宙人なのに私たちとほとんど同じ見た目をしてるじゃない!?」

「それは我々も貴殿らと同じ『人型種』だからだ。惑星の環境によって様々な進化を遂げるが、安定した環境では、人型に進化するケースが多い。貴殿らの反応を見るに、この星には他の人型種族はいないようだな。宇宙には、人間とは全く異なる姿の『異形種』も存在する」


 俺の説明を聞いて名雪は、まるで糸の切れた操り人形のように、椅子に崩れ落ちた。


「可能であれば、この惑星についての情報を提供して貰いたいのだが。今すぐ対価を支払うことはできないが、いずれ必ず見合った対価を支払うと約束する」

「全然構わないわよ。宇宙人と会話するなんて、それだけで貴重な経験だわ」



 未来との会話は、和やかな雰囲気で進んでいた。


 会話を重ねることで、地球の地理、人口、政治体制など、様々な情報を得ることができた。


 しかし、ある話題に触れた瞬間、驚きのあまり声を荒げてしまう。


「何!? 星力も星術も知らないだと!!?」

「……そ、そうよ。耳にしたことはないわね」


 未来は、一瞬目を丸くしたが、すぐに困惑した表情に戻った。


 ここは冷静に交渉を進めていくべき場面にも関わらず、感情を表に出してしまったのは失敗だった。


 しかし、この事実はあまりにも衝撃的だった。隣で話を聞いていたハイルも、絶句している。


 俺は動揺を隠し、咳払いをしてから再び口を開いた。


「では、この照明は何の力で光っているんだ?」

「これは電気で動いているわ。他にもガスで火を起こしたりもしてるわね」


 星術を使えば、電気やガスを生み出すことも、光や火を直接作り出すこともできる。わざわざ回りくどいことをする必要はないのだが……


 ハイルに視線を向けると、こちらの意図を察して口を開いた。


「私も直接目にしたわけではないのですが、星力の総量が低い惑星では電気やガスを動力としていると耳にしたことがあります。しかしそれはあくまで補助的な役割に過ぎません。これだけ凄まじい規模の星力の総量を有しているにも関わらず、星力そのものを認知していないというのは些か疑問を感じざるを得ません」


 ハイルは、未来の言葉が真実なのか疑っているようだ。


 俺も、未来と名雪の表情や仕草を注意深く観察していたが、嘘をついているようには見えなかった。


「その星術? というのを見せて貰うことはできるのかしら?」


 それはこちらとしても都合の良い申し出だった。本当に星術を知らないのであれば、直接目にした時の反応で、それが嘘か真実かを断ずることはできるだろう。


 俺は、右手を軽く握り、人差し指と中指を伸ばして星術の構えを取った。


「承知した。念のために言っておくが、こちらに敵対する意思はないので安心してくれ」


 星術には二つの発動方法がある。一つは、周囲に漂う星力を利用する方法。もう一つは、自らの体内に蓄積された星力を使う方法だ。


 自らの星力で発動する場合は、術者の星力の量に規模が制限される。だが、周囲の星力を使えば、術者の技量次第で、その規模は無限に拡大できる。


 俺は、星力の扱いは得意ではない。今回は、自らの星力を使って小さな術を発動する。


 数秒の間、俺の手のひらの上で、小さな火球が揺らめいた。周囲に燃え移ったら大変なので、すぐに消滅させた。


 今回の火球は握りこぶしほどの大きさだが、今の俺にはこれが精一杯だ。ハイルなら、山一つを焼き尽くすほどの火球だって簡単に作り出せるだろう。


「な、何もないところに火が……」

「……手品ではないのよね」


 やはり二人の反応を見るに、嘘をついているようには見えなかった。


 もし彼女たちが星術を知っているなら、それを隠す理由はないはずだ。わざわざ嘘をついて、俺たちを試すメリットなどないのだから。


 この惑星の星力の規模を考えれば、星術を使えるというだけで、俺たちは警戒を強めることになる。もちろん、使えないのだとしても、それはそれで警戒は必要だが。


「そうだ、あなたたち、行く当てがないって言ってたわよね? 家の物置部屋があるんだけど、そこなら自由に使ってくれて構わないわよ」

「ちょっとママ! 本気で言ってるの!?」

「だって、このままさよならはあんまりでしょう。それにこんな小さな子を放り出すのは忍びないわ」


 ミリアの頭を撫でる未来を見て、名雪は唇を噛みしめ、不安げに未来を見た。


「そ、それはそうだけど……」

「なら決まりね!」

「こちらとしては非常にありがたい申し出だが、先ほども言ったとおり今すぐ対価を支払うことはできない」

「気にしないで。それより、もう遅いから、早く準備してしまいましょう!」


 未来はそう言うと、物置部屋に案内してくれた。


「ここが物置部屋なんだけど……最後に使ったのいつだったかしら。あはは」


 未来は、申し訳なさそうに微笑みながら、扉を開けた。


 部屋に入ると、埃っぽい空気が鼻を刺し、思わず咳き込んでしまった。薄暗い室内には、何年も放置されたであろう荷物が山積みになっている。


「ハイル」

「承知しました」


 声をかけると、いつものようにこちらの意図を察してハイルが星術の構えを取った。


「浄化」


 ハイルがそう呟くと、部屋の中が淡い光で満たされた。光が収まると、埃っぽかった部屋は空気が澄み渡り、清潔な空間へと様変わりしていた。


 一見すると簡単なようにも思える星術だが、そうではない。普通は埃を除去するなら窓を開けて風を生み出した後、埃を外へと誘導すればいい。しかしハイルの場合は高精度の星術で埃だけでなく、部屋の中に存在する人体に害になり得るような物全てを分子レベルにまで分解している。


「荷物を少し端に寄せても構わないだろうか?」

「もちろん構わないけど、今の光は何だったの?」

「……まるでリフォームしたみたいに綺麗になってる」

「星術で、部屋に存在する汚れの類いを全て排除させてもらいました。これで掃除の必要はないでしょう」


 ハイルがそう質問に答えると、未来が食い気味に詰め寄ってきた。


「それってこの家全体にもできるのかしら!?」


 ハイルが戸惑ったようにこちらに視線を向けてくる。許可を出すように俺が小さく頷くと、ハイルは再び星術を発動した。


「あらまぁ! 新築だった頃を思い出すわね、感謝するわ」

「この程度であれば造作もありません。少しでもお役に立てたのなら、こちらとしても嬉しい限りです」

「さすがハイルなのじゃ、褒めて遣わす」

「ありがとうございます、ミリア様」


 得意げに胸を張るミリアに対して、ハイルはいつものように礼儀正しく一礼した。


 その後は、未来から借り受けた寝具を広げられるだけのスペースを確保するために、荷物を移動させた。


 ようやく作業が一段落したところで、重要な作戦会議を始める。


「それじゃあ、改めて今後の方針を確認するか」

「はっ!」

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