身の上
お腹がいっぱいになった一同は、深鈴の研究所兼住宅に集合した。俺の家に行かなかったのは、仕事が終わった母親がいるかもしれないからだ。想像力のたくましい母親に奏音を見られたらなんと言われることやら。
「それで奏音ちゃん。俺たち君のこと、名前以外ほぼ何も知らないんだけど……」
「私たちに自己紹介してもらっていいかな?」
「うん!なまえは、ことよりかのんです!それでね、あのね、おうちはひろくってね、それでね」
奏音ちゃんの身の上話は「あのね」や「それでね」などの余分な言葉が多量に含まれていたため、割愛する。深鈴はいい感じに要約したメモを取っていたので、それを読む。
・奏音ちゃんは大会社の社長の娘。
・風船が大好き(特に赤)。
・お父さんは厳しいらしい。
改めて奏音ちゃんをじっくりと見てみる。
一部の隙なく、少し長めのおかっぱに切り揃えられたさらさらつやつやの黒髪。大きな目。長いまつげ。誰が見ても「この子は美人になる」と言いそうなほど整ってはいるが、あどけなさのある顔つき。可愛い。
「ふむ、社長令嬢か」
「しゃ、社長令嬢!?だめでしょこんなとこいて!おうちの人に連絡するから、連絡先を教えて!」
「い、いや!」
その表情にただならぬものを感じた。
「なぜ?私たちに教えてもらえるかな?」
「おうちはいや……!パパがこわいし、かえってもひとりだもん」
「そうなんだ。では、ここに泊まっていくといい。私がなんとかしよう。」
「ほんとう?ありがとう!」
その、花が咲いたような笑顔に、俺は何も言えなくなってしまった。
「すう……」
奏音ちゃんは安心したのか、すぐに眠ってしまった。
「深鈴、どうすんだよ。下手したら俺たち、誘拐犯になるぞ」
「その点は大丈夫。もう親御さんに連絡がしてある。最初は怒っていたけれどね、あまり構ってやっていないのではないか、と指摘すると、渋々了承していただけたよ」
「そうか……」
「ところでコウ、もう一度あの機械を試してみないかい?実は新しいモードがあってね。試してみたいんだ」
「いいけど?」
先ほどと同じ機械の前に立つ。
今度は陰キャじゃありませんように!
「それではそこに座って」
めちゃくちゃ触り心地の良い椅子に座る。
「準備はいい?ヘッドホン、モニターの電源を入れるよ」
「おう」
今度は陰キャじゃありませんように!
大事なことなのでもう一度願っておく。
大抵実験は、物心がついた頃からはじまる。
だが今回は違った。目の前が真っ暗なのである。あ、ここ、お母さんのお腹の中だ、と直感的に理解した。
そのあと生まれて、成長しているが長いので割愛する。
どうやら今回は、皆から気味悪がられている人物らしい。だが外見が違うわけでもない。なんと人の心が読めるのだ。人と接しているときに、人の心を読んだ行動をする、と言われて皆から、そして両親からも避けられている。
あるときは母がメガネを探していたので渡し、またあるときは、大人たちが話しているときに邪魔だと思われていたので少し離れた場所で一人で遊んだ。
誰の迷惑にもならないように過ごしていたのに、かえって気味が悪すぎたようだ。
次第にもともと数少なかった幼稚園の友達も、
「おかあさんが、あそんじゃだめっていったから」
などと言って、離れていってしまった。
年月は過ぎ、中学生になると、空気が読めすぎて気味が悪いからという理由、でとても陰湿ないじめを受けた。いじめる側は楽だろう。先生がいるときだけ、仲良くしているように振る舞えばいいのだから。
そして心を読めるという能力も「死にたい」という気持ちに拍車をかけた。先生の見て見ぬふりする心、傍観者の「助けてあげたら褒められるかなーでもいじめの標的になるのやだしなー」という心を読みたくもないのに読んでしまったからだ。
やがて自分は自殺をした。先生たちの心を読み、学校のセキュリティの隙を見つけて、真夜中の学校に忍び込み、そして屋上から飛び降りたのだ。その後は知らない。機械の安全装置が発動し、強制的に元の世界へ返されてしまったからだ。
「なんだか生々しい人生だったな」
「そうなんだ。どのような人生だったの?」
「知らずに実験してたの?」
「うん。実はね。コウが今体験したのは、奏音ちゃんの人生だ」
「へー」
「うん」
「……え!?」
「うん」
「ご説明くださりますか?」
「今回私が造ったのは、ある人物の一部を機械に入れると、その人物の生まれてから死ぬまでの人生を疑似体験できるモード。今日は、奏音ちゃんの髪の毛を入れたんだ。髪の毛には不思議な力が備わっているというからね。より正確に対象人物の人生を再現できるんだ」
試験官を揺らして見せる深鈴。その中には数本の髪の毛が入っている。
「っていうことは、奏音ちゃんは中学生で死んじゃうってこと!?」
「そう。そして奏音ちゃんは超能力者なんだ」
「ええええええええええええええ!?」
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