死への足音
遥は、もう何十回目かわからない「今日」を過ごしていた。
しかし、この日はまたしてもこれまでの日常とは何かが違っていた。
「はい、みんな。実は今日から新しい仲間を迎えることになった」
担任の高橋先生の声に、教室中がざわめいた。遥は無関心を装いながらも、内心驚いていた。これまでの繰り返しで転校生が来たことは一度もなかったからだ。
「
紹介を受けて教壇横に立った少年は、凛とした雰囲気を纏っていた。黒髪に切れ長の瞳、どこか神秘的な印象だ。
「
一言のみのそっけない挨拶だ。だが柊の整った容姿も
「じゃあ柊くんは……東雲の隣が空いてるな。あそこに座ってくれ」
遥は自分の心臓が激しく脈打つのを感じた。まさか、この繰り返しの日々の中で、転校生が現れて、それも隣の席になるなんて。
「よろしく」
席についた柊は、そう言って微笑んだ。遥はその笑顔にドキリとする。まるで吸い込まれそうな黒い瞳に見つめられると、心を見透かされているような気持ちになるのだ。
「……よ、よろしく」
遥は小さく返事をして、視線から逃れるように窓の外に視線を戻した。
◇◆◇◆◇
午後、もう何度目かの同じ授業を受ける気にならない遥は、屋上で一人で考え事をしていた。それは勿論、突然現れた転校生のこと。そしてこれまでのループには無かった美咲の提案について。
そのとき突然背後に足音が響いた。
ハッと遥が振り返ると、そこに現れたのは柊だった。
「やあ、東雲さん」
「え? なぜ私の名前を...」
遥は驚いた。挨拶の時、私は名前を言っていなかったはずだ。
柊は遥の反応を見て、小さく微笑んだ。
「君の状況は把握している。毎日16時59分に死んで、朝8時に目覚める。そうだろう?」
遥は息を呑んだ。どうして彼がそんなことを知っているのか。
「なぜ...知っているの?」
柊は遥の問いに直接答えず、空を見上げた。
「説明する時間はない」
柊は急ぐように言った。
「君を救うために来たんだ。この時間のループから解放するために」
遥は困惑し、そして怖くなった。突然現れた転校生が自分の秘密を知っていて、しかも「救う」なんて。
「ごめんなさい、何を言っているのかわからない」
遥は後ずさりしながら言った。
「私、行かなきゃ」
「待って!」
柊が遥の腕を掴もうとしたが、遥は素早く身をかわし、屋上を後にした。
教室に戻った遥は、そのまま沙織の席に駆け寄った。
「沙織。ごめん、今から出ない?」
「えっ、急にどうしたの?」
「ちょっと色々あって早めに出たいの」
沙織は遥の様子を心配そうに見つめたが、すぐに明るい笑顔を見せた。
「いいよ! 神社に行く?」
「いや、ちょっと人の多いところに行きたい。駅前のカフェはどう?」
二人が教室を出ようとしたとき、柊が現れた。
「東雲さん、話を……」
遥は柊を無視し、沙織の手を引いて急いで校舎を後にした。
◇◆◇◆◇
駅前のカフェに着いた二人は、窓際の席に座った。遥はあたりを注意深く見渡す。彼がいないことを認識した遥は深く息を吐いた。
「ねえ、遥。どうしたの? 転校生くんと何かあった?」
遥は首を横に振った。
「わからない。でも、彼、ちょっと変なの」
「変って?」
遥は一瞬戸惑った。ループのことを話してもきっと頭のおかしい奴だと思われるだけだ。
「いや……何でもない」
遥は話をはぐらかした。沙織はそんな遥を心配そうに見つめた。
「ねえ、何かあったなら話してよ」
「……うん、でも……」
遥は迷ったが、沙織になら話してもいいかもしれないと思った。
「実はね……」
遥が話し出そうとした時、突然柊が現れた。彼は二人に向かって言った。
「東雲さんはループから解放されたくないの?」
二人は驚いた顔で柊を見つめた。彼は二人の視線を気にも留めず、遥に言った。
「君のループは今日で終わる」
「……どういうこと?」
「それは今から説明する。急ぐんだ。時間はもうほとんど残っていない」
遥は柊の言っている意味がわからず、困惑した。しかし、彼の真剣な表情を見て、ただ事ではないことが起きていることだけはわかった。
「沙織、ごめん。また今度話してもいい?」
沙織は目を大きく見開くと、遥の腕をガッと掴んだ。
「ダメ! 絶対に行かせない!」
遥は驚いた。沙織は普段は落ち着いていて、友達の相談に乗るのが好きな優しい女の子だ。
しかし、今は違う。彼女の目には明らかに怒りの色が浮かんでいた。
「沙織……」
遥が戸惑っていると、沙織がまくしたてるように言う。
「遥、いっつも一人で抱え込んでさ、何度も何度も私に相談してきたじゃん! それなのに今回は急に『時間がない』とか『ループから解放されたくないの?』とか意味のわかんないこと言い出して! なんか怖いよ!」
「沙織……」
遥は困惑していた。沙織がここまで感情的になるなんて。
「ごめん、本当にごめん」
遥は必死に謝罪した。しかし、沙織は聞く耳を持たない。彼女はさらにまくしたてる。
「そもそもいきなり現れてなんなのアンタ。嫌がる遥をこんなところまで尾けてきてさ。ストーカーも大概にしなさいよ!」
「沙織! もういいよ、私、大丈夫だから」
遥は必死に言った。しかし、沙織は止まらない。彼女は柊を睨みつけながら叫んだ。
「アンタが遥に何したか知らないけど、これ以上遥に付きまとうなら警察呼ぶから!」
柊はそんな沙織を静かに見つめて言う。
「ああ、そうか。君は……」
その時、カフェの中が突然騒がしくなった。振り返ると、一人の男が包丁を振り回しながら店内に入ってきたのだ。
「キャー!」
悲鳴が響く中、男は無差別に人々を襲い始めた。
遥は恐怖で体が硬直した。沙織が遥の手を引っ張る。
「遥、逃げよう!」
しかし、遅かった。男が遥に向かって突進してきた。
「やめて!」
沙織の叫び声が聞こえた瞬間、遥は胸に鋭い痛みを感じた。視界が徐々に暗くなっていく。
最後に聞こえたのは、柊の必死の声だった。
「東雲!しっかりしろ!」
遥の意識が遠のいていく中、時計は16時59分を指していた。
永遠の16時59分 雨宮悠理 @YuriAmemiya
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