祭と浴衣と風車

茶ヤマ

 盆踊りでお面を被っている人が知っている人でも、声をかけちゃいけないよ。

お盆で帰ってきた御霊かもしれないんだからね。

だから、誰だかわかっても、声をかけちゃいかんよ……。


そう教えてくれたのは、私をかわいがってくれた祖母だった。

でも、今時、お面を被ったまま踊っている人はそんなにいない。私の住んでいるところは、すごい田舎。小さな集落。なので、見たことのない知らない人なんて、お盆の挨拶のためにやってきたり、帰ってきたりした人くらいだ。

私と同じくらいの年のコなんて、片手で足りるくらいしかいない。


今日は、そのお盆祭。

私は友人3人で、一緒にお祭りに行く予定だった。

「行ってきます」

祭りの始まりを告げる花火の音が聞こえ始めたので、私は家を出る。

待ち合わせにはちょっと早いだろうか。


道には、祭り用の飾りの小さなちょうちんと、お盆のために各家々の玄関にぶらさげているちょうちんと 二種類の灯りが燈っている。

それらを横目に歩いていて行くと、もうすぐ神社の鳥居が見える。


と、そこで私は足を止めた。


子供がいた……。


あさがおの模様の浴衣をきた5才くらいの子供がこっちを見ている。しかも困りきった目で。


 あれ?この浴衣の柄…どこかで見たような…

と一瞬、思ったが、それよりも、私は子供に寄ってこられる前に足早に通り過ぎようとした。

だって、私、子供が苦手で……。

しかし、私は服を引っ張られ、足を止めるはめになった。ふりかえると、案の定、子供が私の服をつかんでいる。

私はため息を一つつき、しゃがんでその子の目線と自分の目線を同じ高さにした。

「どうしたの?迷子?」

その子は、ちょっと安心したかのように、私の言葉に笑顔を見せた。

「あのね……」

その子は小首をかしげ、私を見て、鳥居の中の屋台を指差した。

「風車……」

「え?」

何?風車が欲しいの?

待ってよ、お母さんはどうしたのよ。そうよ、お母さんにでも買ってもらってよね、と思ったけれど、その子が期待しながらも、また困った目をするので、また私はため息をついた。

「風車、ね。わかった」

その言葉に、その子は、ぱぁっと明るい笑顔をした。

「赤いの、赤いのが欲しい!」

「はいはい」

私は、言われるとおりに真っ赤な風車を買い、その子に差し出す。早くしないと、待ち合わせの時間になってしまう。

「で? あんたのお母さんは?」

と尋ねても答えようとしない。

それどころか、早々に立ち去ろうとする私の態度を嗅ぎ取って、また泣き出しそうな目をする。

冗談じゃない。

 火がついたように泣かれでもしたら、あやしかたなんて私は知らない。

「え……と? じゃぁ、どうしようか?」

再び、子供の目線で尋ねると、その子は嬉しそうに笑う。しばらく、この子に付きっ切りになるしかなさそうだ。歩いているうちに、この子の母親に会うかもしれないし…。


…ん?何か…


歩いているうちに湧き上がってくる違和感があったが、その子の手を引いて歩いた。

一通り廻ると、神社の境内の横では盆踊りが始まろうとしていた。

「……」

子供はちょっと立ち止まり、ふと、妙に大人びた顔をした。

何なのだ? 一体。

「お姉ちゃん、お面買って」

くるりと振り向き、そう言った子は、もう子供そのものの顔だった。

「え……? ああ、ハイハイ、お面ね」

先ほどの表情が気になったが、もう言われるとおりにお面を買ってあげることにした。どうにでもなれ、という気分だったのだ。

意外にもその子の選んだお面は、狐の面という、子供にしちゃ地味なものだった。

今時の狐の面は顔の上半分だけ、スタイリッシュというか、模様が描かれていて華やか、というか。

でもその子の選んだ狐面は、シンプルな昔からよく見かける作りの物だった。

へぇ……。

今時、こんな小さい子が、こんな古風な雰囲気のお面を選ぶなんてね。

と、ちょっと驚いてこの子を見ると、子供はお面を被って盆踊りに混じろうとしていた。


「ありがとう。ずっとね、赤い風車もってお祭りに来たかったの。

 大好きなあさがおの浴衣着て踊りたかったんだ。

 ありがとう」

と、笑顔で私を振り向き、手を振り踊りに入っていく。

「え?ちょっと……?」

と追いかけたけれど、見失う……。


……いや。それは変だ。

見失うほど人は多くない。

踊っている中にも、さっきの子の着ていたあさがお模様の浴衣は見えない。

そう、そもそもここは、子供とはぐれたとしても、ものの数分でみつけられる広さしかないのだ。

また、何か違和感を覚えた。


「あーーー、いたぁぁ!!もぅ、どこに行ってたのよ。

 鳥居前で待ち合わせって言ったじゃない!!」

その声に振り向くと、待ち合わせをしていた友人たち。

「ごめん、ごめん。迷子の相手を……」

と言いかけた時に、目の端にあさがおの浴衣と狐のお面が見えた。

と、同時に、記憶の中で、色あせたあさがおの柄の手ぬぐいが重なる……。


あの柄は……祖母が気に入っていた浴衣だったと聞いたことがある。


--------


盆踊りでお面を被っている人が知っている人でも、声をかけちゃいけないよ。

 お盆で帰ってきた御霊かもしれないんだからね。

 だから、誰だかわかっても、声をかけちゃいかんよ……。


--------


今年は祖母の新盆だった。

私は盆踊りの輪にいるその子に声をかけずに友人たちと歩き出した。

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祭と浴衣と風車 茶ヤマ @ukifune

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