第二章 青年期

第二十六話 「青年」

 朝露に濡れた窓から差す陽の光が、柔らかなベッドを温める。

 小鳥たちの囀りのもと、陽の光を頼りにロベルは起き上がった。


 枕元に置かれたダガーを拾い上げ、腰回りに巻かれた剣帯に差し、鏡の前へ行く。


 鏡に映るロベルは、以前の少年の姿では無く、成長した立派な青年の姿だ。

 細身ながらも確かに鍛え上げられた筋肉とよく伸びた身長がその成長振りを物語っている。

 物珍しい黒髪や怜悧な美貌と相まって、さながらどこかの貴公子のようですらある。

 これらは全て、栄養のある食事を一日四食とり、日々の鍛錬と冒険者家業を続けた賜物である。


 絹のような艶やかな黒髪は、以前の蓬髪とは比べるまでも無く美しくなっている。

 ロベルは、あれから更に伸びた長髪を後ろで束ねると、魔道具から生成した水を桶に貯め、洗顔と歯磨きをした。


 支度が粗方終わると、同じベッドで寝ていたフランが目を擦りながら起き上がってきた。

 寝る前はきちんと着こなしていた筈のガウンは、胸元が大きくはだけ、露出度の高い格好となっていた。


「フラン、早く着替えろ。出発する」

「もう⋯⋯? そっか、今日は最後の依頼か」

「ああ、冒険者最後の依頼だ」


 先に行く、と言葉を残すと、ロベルは去っていった。


「⋯⋯遅起きになる原因を作ったのはロベル⋯⋯」

 

 フランは小さく呟くと、支度を始めた。


 彼女の脱ぎ捨てたガウンとベッドのシーツは、僅かに湿り気を残していた。



◇◇



 一級討伐依頼、対象──飛竜ワイバーン群。


 竜種の頭部、蝙蝠のような翼、鷲の両足、鋭利に尖った尻尾を持つ鎮具破具ちぐはぐな魔物。

 尻尾の先端には猛毒が備えられており、耐性を持たない生物であれば、浅傷のみで容易に死に至らしめる。

 前足と翼が一体化していることが他の竜種との違いであり、飛竜ワイバーン最大の特徴である。


 一体であれば二級冒険者一人で十分対処可能だが、飛竜は群れを形成していることが多く、その場合の討伐難易度は格段に跳ね上がる。

 その為、飛竜ワイバーン群を討伐する際は、二級冒険者を十人単位乃至ないし一級冒険者三人以上を派遣することが推奨されている。




「──これがロベルティーネから聞いた話だ」


 飛竜が群れを形成して飛び回っていると言う件の山の山頂へと辿り着いてから、ロベルはフランへと説明を行った。


「ねえ、ロベル。私たち二人しかいない」

「ああ、そうだな」

「⋯⋯そうだなじゃなくて、一級冒険者三人以上での討伐か推奨されているんでしょ?」

「そう聞いた」

「なら何で、私たちは二人しかいないの?」


「──お前魔女がいればそれで十分だからだ」

「そこは恋人としての言葉であってほしかった」

「寝所を共にするのが恋人なのか?」


「⋯⋯私のを奪った癖に」

「俺は盗賊、盗ることが全てだ」


 フランは呆れたような顔でロベルを見つめ、何かを喋ろうとした。

 そしてその時、彼女の柔らかな白髪がふわりと浮き上がった。


「来たか」


 ロベルの言葉通り、数瞬しない内に飛竜群は悠然と現れた。

 数は全部で四体。ロベルは、その内二体が他二体に比べて小さいことから、つがいとその子供だと予想する。


「フラン」

「うん」


 フランは、右手を上空の飛竜に合わせるようにして掲げ、周囲の魔力を吸い取り、纏わせる。

 そして、自信の膨大な魔力から、ほんの僅かな量の魔力を更に纏わせる。


「撃つ」

「ああ」


 次の瞬間、気がついたその時には、空に一筋の光が差していた。ただただ美しい、直線に伸びる橙色だった。

 ロベルが空を見上げれば、その美しく神々しい光が綺麗に、親の飛竜二体の頭部と子供の飛竜二体の両足を消していた。


 頭部が無くなった飛竜二体は、力無くそのまま下へと落ちていく。

 丁度真下に居たロベルたちは素早く退避し、茂みに身を隠す。


 強烈な衝撃音の後、土煙が巻き起こった。

 目を凝らせば、そこに、首無しの飛竜が血を流すことすら無く倒れ伏していることが分かる。


 暫くすると、痛みに悶えていた子供の飛竜二体が、両親が地面に落ちていることを知り、慌てて降りてきた。

 やはり子供の飛竜二体の両足も血を流していない。


 ロベルは眼前の飛竜二体を見据え、走り出した。

 その直ぐ後ろには、既に装填を終えたフランが右手を突き出して構えている。


「撃て」


 その小さな呟きは、果たして彼女に届き、後方から左右に、先程の熱線がロベルを避けるようにして通過した。

 熱線は物の見事に飛竜の翼を穿った。特筆すべき再生能力を持たない飛竜は、これで暫くは空を飛ぶことは叶わない。


 声を上げて暴れ狂う飛竜から目を離すことなく、ロベルは相棒ダガーを前方へ突き出す。


魔術印ルーン起動。〝硬度強化〟〝鋭利強化〟」


 ダガーに刻まれた魔術印ルーンを起動させ、ロベルは駆ける。


 彼我の距離、僅か三メートル。

 ここに来て飛竜は、己に近づかんとする矮躯に気がつくが、痛みで頭が回らず、対処に遅れる。


 その隙を逃すロベルでは無い。


 ロベルは魔術印ルーンにより強化されたダガーを、片方の飛竜の目に投げつける。

 目的の飛竜はすんでのところで躱すが、その後ろにいた飛竜は避けられなかった。


 ダガーは目では無く、飛竜の首へと当たる。

 ──が、そこは竜種である。硬い竜鱗を前に、高々金貨数枚分の強化しか施していないダガーでは、突き刺さることは疎か、切りつけることさえ叶わなかった。


 しかし、今はそれで良いのである。


「隙は作った」

「十分」


 その言葉通り、放たれた矮躯の一撃は、竜種の首を穿った。

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