第二十五話 「公国」

 ハイセルター公国は、カノア超大陸に根ざす六大列強国の内の一つである。

 現在から三百二十五年程前に、当時栄華を誇っていた軍事大国であるシュタイナッハ帝国から独立を果たし、その五年後、国教であった聖イーサー教を棄教し、あらゆるしがらみからの解放を図った。


 王や帝の存在を疑問視し、人々の個性を歪める宗教を否定した彼等は、やがて、独立に大きく貢献した貴族をこれからの指導者とすべく、公国を自称するようになった。

 多くの人々に担ぎ上げられた貴族たちは、従来の脆弱な貴族制を見直し、絶大な権力を有するよう努めた。

 それにあたって貴族たちは、国土を四つに分割し、そのそれぞれに旗頭となる有力貴族を配置し、その傘下の貴族を地方へ配置した。

 四つの地方を治めることとなった四家は、自らの家を公爵家と名乗り、その絶大な権力を持って統治を開始した。


 そして、帝国からの独立に最も貢献した旧ハイセルター公爵家は、独立宣言と共に、新たなる国──ハイセルター公国の建国を改めて宣言した。

 それに伴い、国名をハイセルター公国にしたことを口煩く批判する貴族たちを、国民からの圧倒的多数の支持票と己の傘下の貴族たちの声で黙らすと、爵位を公爵の更に上──大公爵家と改め、この公国の元首となることを宣言した。


 ちなみに、公国運営の上で最初の問題となったのは、ハイセルター大公爵家の存在を容認できないと叫んだ、他貴族の連合軍の存在だった。

 結果は大公爵家の辛勝。両軍共に戦争の続行不可となるほど疲弊し、痛み分けという結果に帰した。


 公国は満身創痍の状態から、漸く一国として歩み始めたのである。



◇◇



「報告致します。ランビリス王国ヴィーゼル辺境伯領にて、例の新王種を確認致しました」

「⋯⋯ほう」


 闇に溶け込むことを前提とした黒装束を身に纏う男は、眼前の主へと報告を行った。


「新王種は魔物、小鬼ゴブリンでした」

「小鬼、か。通りで獣人族から見つからぬ訳だ。⋯⋯魔物に王種が誕生するのは何年振りか」

「凡そ、二百四十年振りかと」

「二百四十年⋯⋯途方も無い数字だ。しかし、王種の誕生間隔としては少しばかり短い気がするが」

「はい、何らかの発生要因があったことは否めません」


 報告を受けた主は数瞬の間瞼を閉ざすと、最後に一度頷いてから黒装束を下がらせた。


 大仰に振る舞う彼の名は、カルステン・ツー=ハイセルター。ハイセルター公国を統べる大公爵家現当主、その人である。


 今年還暦を迎える彼は、漸く育った跡継ぎに当主の座を明け渡す世代交代のこの時に、王種と言う不確定要素が誕生したことを恨めしく思っていた。

 そもそもこの年齢であれば、疾うに隠居をしていてもおかしくなく、寧ろそうすべきと言われて然るべき年齢である。──ならば何故、そうしなかったのか。それには当然、相応の理由があった。


 カルステンには、子供がいた。

 叡智を持つ者特有の目を生まれながらにして持ち合わせた、覇気ある長子だった。

 カルステンによりギーゼルベルトと名付けられたその子は、見るもの、聞くもの、食べるもの、あらゆるものを吸収して順調に育っていった。やがてハイセルター大公爵家を継ぐ嫡男として、優秀過ぎる程に──。


「ギー。お前が死んで、もう十七年が経とうとしている⋯⋯」


 現在から十七年前、二十三歳のギーゼルベルトは暗殺された。妻を迎え、子を孕ませて直ぐのことだった。

 当時四十三歳だったカルステンは、数日後に明け渡す筈だった当主の座に座り続けることとなった。


「時の流れとは早いものだ。のう、イェニー」

「誠、そうでございます」


 ハイセルター大公爵家の家令を勤めるイェニー=エルターはそう答えた。


「ギーの忘れ形見は、奴に似て優秀に育っておる。儂の隠居も近いな」

「御冗談を。エンゲルベルト様は十七歳になられたばかりでございます。もう暫くは、その御椅子に座って頂きますよ」

「全く、お前も言うようになったわ」

「お褒めの言葉、有り難き幸せ」


 イェニーがそう返すと、少しの沈黙の後、二人して部屋の外に声が響く程笑いあった。

 ここ十数年で久し振りの、一切の裏の無い笑みだった。


「⋯⋯やっとここまで辿り着いたのだ。新王種等と言う不確定要素の一つや二つ、最早どうと言うことはない。老い先短い人生を出来うる限り有効的に、ギーに報いることができるよう、使ってやるだけだ」

「──このイェニー=エルター、生命尽きるまで貴方様と共に」


 皺の刻まれた瞼の下、彼等は獣のように渇望で塗れた瞳を隠し、再び笑みを浮かべた。

















────────────────────


 間章 住まう人々 完。

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