第二十四話 「白黒」
その男、フロリアン=メインは、ランビリス王国最西端、ヴィーゼル辺境伯領のとある安宿を根城とする若き冒険者である。
先月二十四となった彼は、唯一誕生日を祝ってくれた相棒、──ライムント=ラーンと共に、今日も早朝から冒険者組合を訪れた。
──なあ、聞いたか?
組合の扉を開けて直ぐ、そんな声が、彼の耳に入った。
ここ数ヶ月何度も繰り返された、聞き飽きた言葉だった。
──シロトクロだろ? もう皆知ってんぞ。
これもまた、聞き飽きた言葉だった。
冒険者パーティ、シロトクロ。
数ヶ月前に二人パーティを結成し、破竹の勢いで等級を上げる、今話題の若手新鋭パーティである。
その特筆すべきは、パーティ名にもある「
白髪翠眼、人間離れした美しき容姿、そして何より、神の御業たる魔法の使い手。
それらの特徴が示す答え、一つの言葉、一つの記号。
彼女は──。
「魔女⋯⋯か」
誰にも気づかれない程小さな声で、フロリアンは言った。
しかし、有象無象の周囲は気が付かなくとも、長年彼の相棒を務めるライムントは、ただ一人、彼の呟きに反応した。
「んあ? 何だ、あんだけ興味無い振りしといて、結局お前も興味津々かよ」
「違う。ただ、少し羨ましくなっただけだ」
「黒髪のガキが?」
ライムントの問に、フロリアンは答えなかった。沈黙こそが答えなのだと、暗に告げていた。
「ま、俺も死ぬ程羨ましいけどな。いや、これはもう妬ましいとすら思ってるね。何だよ、数ヶ月で三級に昇格って。馬鹿にしてんのか」
「それくらいにしとけ。殺されるぞ」
フロリアンの言葉は、虚言や比喩では無い。
実際、破竹の勢いで一級冒険者街道を駆け上がるシロトクロをよく思わない冒険者は多い。
しかしそれを表立って口に出した者たちは、全て翌朝には消えていた。一切の痕跡を残さず、忽然と姿を消していた。事故なのか事件なのか、或いは夜逃げか、それすら曖昧なまま。
結果として、シロトクロを謗った人間たちが消えたという事実だけが残ることとなった。
その為、最近、ペルン付近で活動する冒険者間では、このような噂が流れていた。
シロトクロを馬鹿にするやつは消される、と。
◇◇
通常、一等級上げるのに、最低級である七級を除いて、約数ヶ月から半年程掛かるとされている。そしてそれは、等級が上がるごとにより期間を要すようになる。そうなるよう、仕組みができているからだ。
しかしその仕組みは、飽くまで一般人の為のものであって、圧倒的上位者たる魔女には適用されない。
つまり、魔女一人の存在で、等級は意図も容易く上がっていくのである。
何故なら、魔女が冒険者になるなど、誰一人として想定していなかったのだから。
白髪翠眼の麗しき少女は、今日も献身的に黒髪の少年を支え、少年は淡々と依頼を受けていく。
高難易度の依頼が簡単に処理されていく光景を、他の冒険者たちは指を咥えて待つしかなかった。
組合に設置された丸テーブルに、中身を減らした樽ジョッキが勢いよく叩きつけられた。
乾いた音が喧騒の中に響き、直ぐに消えていった。
木製の丸テーブルに僅かに零れたエールが、時間を掛けながら浸透していく。
そんな様子を眺めていた冒険者が小さく呟いた。
「ふざけんじゃねぇ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます