第二十三話 「派閥」

 沈黙を破ったのは、ビアホフの隣に座る男、エイルホフ司教だった。彼は態と大仰に立ち上がった。

 様々な感情の渦巻く空間で、誰もが懐疑的な視線を彼へ向ける。


「敬虔なるイーサー教徒たちよ! 果たして我々は、この状況を見過ごしていいのだろうか!」


 再び周囲は騒めき、教徒たちは反応を見せる。

 目を伏せる者、怒りを露わにする者、嫌悪感を示す者。その反応は三者三葉である。


「いや良くない! このようなことがあっていい訳が無い! 見過ごしていい訳が無いっ!!」


 彼は周囲を焚きつけるように演説を続ける。それは最早、演説の域を超え、煽動のようですらある。


「エイルホフ司教、静粛に」

「いえ、バスティアン大司教、私は続けますよ!」


 バスティアンの制止を振り切り、彼は続ける。


「今こそ我々イーサー教徒たちが立ち上がるべきです! 一種のとすら言える王種を討伐できるのは、力を持つ我々くらいのもの。力を持たない哀れな教徒は悲しみに暮れ、惰弱な愚民共は、未だ聖人様の教えを受け入れようとしない無知蒙昧さ故に、ただ怯えて死を待つしか無いのです! ですから!」

「──エイルホフ司教、再度私の制止を振り切って言葉を続けるようなら、公会議から追放する。他の教徒の手本となるべき上級聖職者が偏った思想を持ち、それを公会議に持ち込むなど、あってはならない」


 バスティアンは眉根を寄せてそう忠告した。勿論それは虚言などではなく、実際にエイルホフが忠告を無視すれば、公会議の議長としての権限と大司教としての権力を使って彼を追放する気だった。


「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯失礼しました」


 エイルホフは不満気な表情を隠そうともせず、睨め付けるようにしてバスティアンを見ながら、再び座した。

 そんな彼の様子を見たバスティアンは、エイルホフを要注意人物として記憶に留めると、公会議を再開した。




 議題は新王種の処遇へと移り変わる。

 新王種の存在が認められた以上、人間族至上主義の思想を掲げる聖イーサー教としては当然放置などできない。

 討伐か捕縛か監視か。何れにしても、教団は何らかの干渉を試みることになる。


 しかし、皮肉にもこの場における多数派は、バスティアンが非難したエイルホフと同じ考えを持つ者たちであった。


 彼等は、人間族以外は、仮令たとえ姿形が似ていたとしても、全て人ならざるもの、──亜人族だとそしる。

 その考え方は、いつしか本来の人間族至上主義の思想から逸脱し、亜人排斥主義という冒涜的な思想へと変化していた。

 彼等は多くの同胞を集め、これまでの教団の歴史から見れば驚くほど短期的に、人間族至上主義を唱える元始派と並ぶ一大派閥、排斥派を築き上げた。

 

 そんな彼等に対し、大司教たるバスティアンは元始派の教徒である。

 人間族至上主義の本来の意味は、自己鍛錬である。「人間族は他種族とは異なり、生来の驚異的な特性を持たない。故に、人間族は他種族よりも鍛錬を重ね、己を高める努力をしなければならない」と言う、聖イーサー教初代教皇デロムニの言葉が、人間族至上主義の基盤を支えている。


 バスティアンは、自身を元始派の人間だと公言したことは無い。

 しかし、教国の行く末を決める重大なこの公会議において、排斥派に属するエイルホフの意見を表立って批判するということは、自身が元始派に属しているのだと宣言することに他ならない。


 粘つくような殺気と、漂う一触即発の緊張感。

 一瞬にして切り替わった空気感に、事情を知らないものたちは動揺する他無い。

 しかしそれも極僅かの教徒である。この公会議に招集された教国の上級聖職者が、他人事とは言えない事情を知らないなど有り得ない。──つまりは、意図的に情報を遮断されていたものたちである。


 そして、未だ両派閥どちらにも属していない教徒たち、──言わば日和見主義の中立派は、その数こそ少ないものの、最後の最後に逃げ切る勝ち馬に乗るための機会を虎視眈々と狙い、今も揺れ動いている。


 兎にも角にも、悪は討つべしと言わんばかりのエイルホフの演説に感銘を受けたか、或いは元からそのような思想の持ち主だったのか、将又はたまた他の派閥から乗り換えたのか。

 バスティアンの派閥宣言と印象操作虚しく、実に教団らしい結果に帰結した。


 今後の新王種への対処次第で、三つある内の二つの派閥が教国から消え去るのは言うまでも無い。


 教国動乱の時代は近い。

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