間章 住まう人々
第二十二話 「王種」
カノア超大陸に根ざす国々は数多く存在するが、その中で列強国と呼ばれる国々は僅か六つしか存在しない。
そんな六大列強国に名を連ねる聖ブネホカ教国は、これまでに無いほど動揺を
事の発端は二日ほど前のことである。
教国は聖イーサー教を国教とする宗教国家である。国家の頂点は教皇だが、宗教の象徴は託宣の巫女と呼ばれる存在である。
その託宣の巫女は二日前、聖人より託宣を授かったと報告した。──それこそが国家を揺るがす大事件の始まりである。
託宣の内容は、この世界に新たなる王が誕生した、というもの。「新たなる王の誕生」、それ即ち王種の誕生である。
生きとし生ける全ての種族は、人間族と言う例外を除いて、度々王種と呼ばれる特異個体を輩出している。歴史を見れば、数百年に一度と言う周期で突出した個体が産まれていることがよく分かる。
王種の持つ特性は他の追随を許さない。才能や努力とはまた違う、埒外の奇跡。正に、王たるべくして産まれてくる個体である。
そんなものが人間族以外の種族に誕生した可能性が高いと言うのだから、無視などできない。
特に、人間族至上主義の考えが根底にあるイーサー教徒たちは、ただでさえ人間族に王種が誕生しないことを常々不満に思っていると言うのに、他種族に王が誕生した可能性が高いとあれば、これは最早一国が動く由々しき事態である。
確認できている最後の王種は、百年前の人獣決戦で現れた獣人王である。数百年周期の誕生を鑑みれば、獣人族に王種が誕生した可能性は限り無く低いが、神託から齎された情報には「讐鬼王」と言う王種の名が記されていた。「鬼」と言う単語が入っている以上、獣人族に誕生した可能性は捨てきれない。
しかし軍を動かそうにも、相応の理由と大義が無い。戦争を行う以上、理由や大義と言ったものは必要不可欠である。
この二つなくして民は動かない。宗教に心酔しきった教徒たちはそれでも動くかもしれないが、そうではない人間は簡単には動かないのだ。
民が動かなければ戦争など当然できない。戦争に無関係な者など、一人として存在しないのである。
王種が力をつけて牙を剥く前に討伐してしまいたい、しかしそれには大義が足らない。それ以前に王種が何族の生まれでどこにいるのかすら分からない。
様々な意見が飛び交い、やがて終結しないジレンマとなる。
ここ聖ブネホカ教国の聖都セハムヤペテでは、教国の運営者たる上級聖職者たちが集い、思い思いにその不安をぶつけようとしていた。
◇◇
「それでは、第十二回バビリム公会議を始める」
半円に割れた円卓の中央に座す男は、威厳溢れる声でそう言った。
彼こそが、世界に蔓延るイーサー教徒の上に立つ上級聖職者、その中でも選ばれた教徒しか成ることが許されない大司教の位を若くして与えられた男。
イーサー教徒序列第五位、バスティアン=エーデルである。
四十代で大司教を務めるのは、異例中の異例。羨望と嫉妬を集める、今話題の実力派教徒だ。
「議題は新王種誕生の可能性とその処遇、そして周辺諸国への対応についてだ」
バスティアンの言葉に、彼の隣や後方の座面に座す教徒たちが騒めく。
この場に集まっているのは大司教や司教、司祭の位を与えられた、人生の酸甘を知る者たちである。
しかし、やはりと言うべきか、新王種誕生の可能性と言うのは、イーサー教徒にとって限り無く最悪に近いものだった。
「やはり噂は本当だったのか」
「いえいえ、現段階では飽くまで噂。可能性の域を出ません」
「忌々しい。一体どの種族に誕生したと言うのだ!」
「なんと言うことだ⋯⋯! ああ、イーサー様!」
「静粛に。⋯⋯では先ず、実際に新王種が誕生したのか否か、その真偽についてだ。──ビアホフ司教」
「はい」
指名されたのはバスティアンとは対面になる、少し離れた位置にある半円卓に座す五十代の司教である。彼はただ実直に、己の見聞きした情報をありのまま語り出した。
「私は畏れ多くも、司教という地位に身を置かせて頂きながらも、託宣の巫女様の補佐人と言う立場にあります。⋯⋯先日、巫女様から託宣を得たと報告を受けました。その内容は紛れも無く、新王種誕生について。聖人様は新たなる王種へ『讐鬼王』と言う称号をお与えになられたそうです。これは巫女様の補佐人たる私が直接聞いたことです。そこに嘘偽りはございません」
ビアホフ司教はそう言い終えると、曇りの無い眼でバスティアンを見据えた。
「新王種誕生は事実である、⋯⋯そう言い切ることができるな?」
「はい、間違いございません。少なくとも巫女様には偽報を行う理由がございません。然して、私も己の立場とそれに伴う責務を十分理解しているつもりです」
巫女と自分の潔白を宣言したビアホフは、再び綺麗な姿勢で座した。
「よもや聴き逃した者は居るまいな。託宣の巫女、その補佐人から証言が出た以上、最早否定のしようも無い。⋯⋯百年の時を経て、再びこの地に王種が現れた、それが事実である」
先程とは異なり、場は、耳が痛くなるほどの静謐に包まれた。
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