第二十一話 「魔女」
ある一定以上の魔力を有する男女が子を成すと、限り無く低い確率で、両親以上の莫大な魔力を保有する女子が産まれてくる。
有史以来、産まれてくる子は女子と決まっており、またその姿形も似通っている。そこに例外は無い。
白髪翠眼で、何より白磁器のような色の無い肌と、稀代の芸術家が人生を投げ打つようにして手にかけたかのような、──そんな酷く蠱惑的で神秘的な麗しき容姿。
誰が目にしたとしても疑う余地無く、それが特殊な子だと分かる。
その女子たちは世界で唯一、神の御業たる魔法を操ることができる存在だとされている。
現在、世界に溢れ返っている魔術は、この女子たちの介する魔法をもとに、魔法のような現象を誰でも起こせるよう汎用性を突き詰め改良されたものである。
しかし、世界に普及して今も尚研究者たちにより改良を重ねられ続けている魔術を持ってしても、オリジナルである魔法には絶対に及ばない。そこには隔絶した絶対的な差があり、これから先、何十年何百年をかけてもその差が縮まらないことは、最早誰の目にも明らかである。
そんな魔法を操る権利を与えられ、生まれながらにして莫大な魔力量を誇り、またそれを運用するに長けた才能。
古来より人々は、彼女等を特別視してきた。時に神の遣いだと崇め、時に悪魔の
時代と共に彼女等の呼び名は変わり続ける。
当代の彼女たちは、世界から「魔女」と呼称された。
◇◇
「──これが、魔女の概要です。ご理解頂けたでしょうか?」
端麗な顔立ちの男は、その言葉遣いとは相反するようなフランクな態度でそう言った。
昨夜とはまた別の男である。
「ああ、問題無い」
「それは良かったです。それでは、私はここで⋯⋯」
「待て。⋯⋯話を聞いた限り、これの性能が確かなら俺の目標は簡単に達成できそうだ」
「ええ、間違いなく」
「これの本当の対価は何だ? 俺如きが辺境伯家で働くことに何の意味がある? 『少しばかりの援助』にしては度が過ぎている気がするが」
「いえいえ、案外そうでもありませんよ。この話には確実に、お互いに利があります。そしてその利は、ロベル殿が辺境伯家で使用人のお勤めを果たして下さることで生まれるのです。でなければ辺境伯家の、それも次期筆頭魔女を安易に貸し出したりしません」
ロベルは直感的に、この男からは情報を引き出せないと理解した。
どこか軽薄さすら感じるその態度は、ロベルの必死な思考を嘲笑うかのように、いつまでものらりくらりと回答を避けそうだ。
(何だ、何の裏がある。⋯⋯環境が違いすぎて見当もつかない)
「⋯⋯そうか。⋯⋯次に会うときに詳しい話を聞く」
「ええ、それが良いです。次にお会いする際は、金木犀の花園で」
金木犀の花言葉は数多く存在する。その中の一つに、「気高き人」というものがある。
その柔和で甘い芳香と相まって、多くの人々は金木犀を好み、貴ぶ。それは貴族も同じであり、当然、ヴィーゼル辺境伯家も含まれている。
つまり「金木犀の花園」とは、貴族家、延いては辺境伯家を指している訳である。
ロベルはその含みのある言い回しを訝しみながらも、素直に言葉を返すしかなかった。
ロベルの返事に気を良くすると、男は同行者を置いて去っていった。
「⋯⋯で、お前は魔女で間違いないんだな?」
男に置いていかれた白髪翠眼の魔女は頷く。
「名前は?」
「⋯⋯名前? 私に、私たちに名前は無い」
「何だ、俺と同じか。⋯⋯なら、今度は俺が名を付けるとするか」
「名前をくれるの?」
「ああ」
魔女は僅かに口元を綻ばせるが、直ぐに元の無表情に戻った。
「さっきの男の名前は分かるか?」
「フランツィスクスと呼ばれていた」
「そうか、なら今日からお前はフランと名乗れ」
「⋯⋯フラン? それが、私の、名前?」
「ああ、そうだと言っている」
魔女フランは一瞬下を向く。それは丁度ロベルからは表情を見ることができない角度である。
ロベルはそんなフランを無表情で見つめ、数瞬の後に、ついて来いと一言言うと、歩き出した。
顔の位置を戻したフランは、その翡翠の瞳にロベルを映すと、追従するようにしてロベルの後ろを歩き出した。
翡翠の瞳が僅かに潤んでいたことを知るものは、フラン本人を含め、誰も居なかった。
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第一章 少年期 完。
☆と♡が欲しいなぁって思いますね、はい(切実)。
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