第二十話 「雇主」

「──はい、それではこちらが、報酬の銀貨一枚と大銅貨二枚になります。昇級ポイントはいつも通りこちらで加算しておきますね」


 受付嬢ロベルティーネの話を軽く聞き流し、雀の涙ほどの報酬を受け取ると、ロベルは冒険者組合を後にした。

 三倍にされた昇級ポイントのおかげで昇級が大幅に近づいた。もう幾つか依頼を達成すれば、早くも昇級試験の打診が来ることだろう。


 ロベルは眠い目を擦りながら、そんなことを考えた。


 昨夜は間断無く歩き続けていたので当然一睡もしていない。精神的にはまだ余裕があるものの、成長期真っ只中の少年の肉体は限界に近かった。

 ややふらつきながら歩き、やっとのことで宿に辿り着くと、宿屋の主人の声を無視して部屋へ入り、泥のように眠った。

 意地でもベッドの上で寝ようとするのは、現状ロベルが持つ数少ない拘りと言えよう。




 目覚めると窓の外は暗くなっていた。

 時刻は二十時。金を惜しんで蝋燭を節約する平民たちは、明日に備えて眠りについている。

 この領都ペルンにおいて、未だ明かりのついている家と言えば、領主一族の滞在する城館と数少ない裕福な商家のみである。


 妙な時間に起きてしまったな、とロベルは思った。

 もう一度眠り直そうにも、完全に目は冴えてしまっている。眠りつくまでに相当な時間を費やすことになるだろう。

 ロベルは諦めてベッドから降りることにした。


「──誰だ?」


 ロベルは誰何すいかした。

 長年裏の世界で培った直感が、扉の向こうに誰かが居ることを告げていた。

 謎の訪問者は逃げることなく扉を開け、ロベルの前に姿を現した。


「鍵は⋯⋯掛けていなかったか?」

「いえ、掛かっておりました。階下にいる男から鍵を借りたのです」

「そうか。⋯⋯それで、辺境伯家の使用人が俺に何の用だ?」


 ロベルは、暗闇の中の男が辺境伯家にいたことを覚えていた。城館内を徘徊していた時に一度だけすれ違ったことのある使用人だ。

 男は一瞬、暗闇の中で驚くような表情をすると、直ぐに表情を戻してロベルへ語り掛けた。


「どうして、私が辺境伯家の使用人だと?」

「一度廊下ですれ違ったから覚えていた、それだけだ」

「⋯⋯素晴らしい記憶力です」

「そうか」


 使用人は何度か確かめるように首を小さく振ると、再びロベルへ向き直った。


「それでは単刀直入に。⋯⋯ロベル殿、どうか辺境伯家での使用人として勤めてはくれませんか」

「この前断った筈だが」

「はい。ですので、今回はロベル殿が惹かれるであろう交渉材料を持ってきました」

「⋯⋯」


「それは、辺境伯家がロベル殿の冒険者活動を、というものです。ロベル殿からすれば不服でしょうが、本来平民が御貴族様の意向に逆らう時点で──」

「その話、受けよう」

「⋯⋯⋯⋯え?」

「だから、その話を受けると言ったんだ」


 使用人は唖然とした表情のまま、必死に言葉を紡ぐ。


「し、しかし以前は、ヴィルフリート様の打診を蹴ったと」

「話に利が無かったからな」

「⋯⋯ご自分の手で一級冒険者となることに強い拘りを持っていたそうですが⋯⋯」

「自分の手でなることに拘りは無い。重要なのは一級冒険者になることだ」

「そ、そうですか。⋯⋯ではそのように主へお伝えします」

「一つ聞きたい。お前の主とは、──誰だ?」


「私の主はただ御一人、御当主アルフォンス・フォン=ヴィーゼル様です。私の報告が伝わるのは、当主代理の奥方様ですが」

「⋯⋯成程」

「はい。⋯⋯の詳細は追って連絡します。では、失礼します」


 使用人の男は暗闇に溶けるようにして消えた。


 ロベルは一人、そうか、と言葉を零した。

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