第十七話 「狭小」

 時刻は十二時を少し過ぎた頃。

 ロベルは準備を終えて、例の村へと歩き出した。


 只管ひたすらに歩くこと六時間。舗装された道を外れ、草原と山を一つ超えた先にその村はあった。


 辺りはすっかり暗くなり、村の門番のような人間の横に設置された松明だけが、揺ら揺らと煌めいている。


「六級冒険者ロベルだ。小鬼討伐の依頼を受け、ここに来た」

「⋯⋯っ! はぁ、何だ、子供か。驚かすなよ。つーか、お前みたいな餓鬼が冒険者って、なあ?」


 軽薄そうな門番の青年は、もう一人の門番へと目を向けた。


「この歳の子供でも事情があれば十分有り得ることだ。⋯⋯お前、本当に冒険者なら冒険者証を見せてみろ」


 軽薄そうな青年とは対照的なもう一人の門番の男は、ロベルが差し出した冒険者証を認めると、村での注意事項や過ごし方を簡単に説明し、中へ入るよう促した。


 「先ずは村長の所へ行け。寝所を用意してくれる筈だ」


 もう一人の門番はそれだけ言うと、開いた門を閉じて再び仕事に戻った。


(村長? 村で一番偉い人間か。なら一番大きな家を探せば良いか)


 ロベルはそう結論付け、歩き出した。

 

 村長宅と思わしき家は、歩き出して直ぐに見つかった。

 そもそも村自体がそこまで大きなものでは無いから時間の掛かりようが無い。そして、村が小さければ必然的に家も小さくなるので、その中で一番大きな家を見つけ出すことなど造作も無かった。


 村長宅の前には、既に一人の老人が立っていた。

 好々爺といった感じの老人だ。彼こそがこの村の村長であり、今回の依頼主だろう。


「良くぞ来て下さいました。私がこの村の村長、アヒムと申します。ささ、どうぞこちらへ」


 村長アヒムは、そう言ってロベルを家の中へ通した。



◇◇



 村の近くの洞窟は、金縛りの洞窟と言う名称らしい。

 洞窟に入る際に体から力が抜けて、少しの間動けなくなってしまうのが由来だそうだ。


 金縛りの洞窟ではそう言った不可思議な現象が度々起こることから、村人は勿論、魔物でさえも中々近づかなかったらしい。

 しかし最近になって、入口付近で起こる金縛り現象が何故か無くなった影響で、小鬼たちが住み着き始めてしまった。


 小鬼たちの詳細な数は分からないものの、小鬼の異常なまでの繁殖力を考えれば、そう時間の経たぬうちに立派な群れを形成することだろう。

 他の魔物は未だにこの洞窟付近には近寄らないので、天敵のいないこの領域は小鬼たちにとって理想郷と言っても良く、そうそう立ち退くことは無いだろうし、より繁殖に力を入れるのは火を見るより明らかである。


 どうか、小鬼たちが村の脅威となり得る前に、討伐をして欲しい。

 それが村長たち村人の総意である。


 それが、案内された小部屋で聞かされた、村長の話である。

 多少要約したり端折ったりした部分はあるが、大体こんな内容である。

 年寄りの話は長い、とロベルは思った。




 早朝、日の出と共にロベルは目覚めた。


 愛用のダガーを鞘の上から一撫でし、体を起こす。


 やはりベッドの上で目覚めると、寝起きの状態が全く違う、とロベルは思った。

 村にある出来の悪いベッドとは言え、裏の世界での、血や埃や泥が入り交じった不衛生な地面と多少硬い程度の清潔なベッドとでは訳が違うのである。


 体に不調が無いか確かめ、絶好調であることを確認してからリビングへと向かう。

 そこには村長とその家族がおり、朝食をとっていた。

 ダイニングテーブルの上には一人分多く朝食が用意されている。


 リビングに現れたロベルに気がついた村長は、恭しく挨拶をしてから朝食を勧めた。

 ロベルも当然のように席について朝食を食べ始めた。

 隣から感じる、自らを訝しむ視線については、敢えて反応しないようにした。


 ロベルは朝食を食べ終えると、一足先に外へと出掛けた村長へ一声かけてから洞窟へ行こうと考え、村長を探しに家を出た。


 村長は直ぐに見つかった。


 何せ小さく狭い村である。


「ありゃ駄目だ。洞窟へ行ったって小鬼たちに取って喰われちまう。見た所持ってたダガーは中々のモンだし、あれ奪って身ぐるみ剥いだら洞窟の中だ」

「まあ、そうよな。儂も村長と同じ意見だわ。あの餓鬼は男だし、になる心配も無いべ」

「んじゃ、さっき朝食に混ぜたが効き始める頃だから行くわ」

「俺が婆さん所から薬貰ってきたんだから山分けだぞ、村長」

「うるせぇ」


 そんな村に住まう人間たちの心もまた、小さく狭いのである。

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