第十六話 「齟齬」

 ロベルは広場を出て、廊下を歩く。

 少し血に濡れたダガーを一振して血を飛ばす。錆びつかせない為に後で良く拭き取る必要があるだろう。


 廊下を抜け、一次試験の時に使った部屋を通り越し、やっとのことで受付の場所まで辿り着いた。


 ロベルはいつもの受付嬢を見つけると、二次試験を合格したことを告げた。


「おめでとうございます! これで貴方も六級冒険者ですね!」

「二次試験が最後だったのか」

「ええ。五級以降の昇級試験からは三次試験があるんですけどね。──それでは、冒険者証を出してください。六級へ上がったことを記しておきます」

「ああ」


 ロベルは冒険者証を提出した。


「ああ、そうだ、二次試験で職員を殺したんだが不味かったか?」

「⋯⋯⋯⋯へ? ころ、え? 殺した⋯⋯? ディートハルトさんを?」

「白髪の男だ。そう言う試験だったから殺したんだが、他のやつの反応がおかしくてな」

「いや、いやいやいやいや! え? ⋯⋯か、確認ですけど、本当にっちゃったんですね?」

「ああ、間違いない」


 ロベルの言葉を聞いた受付嬢は、口をこれ以上無いくらいに開いて、何度も瞬きをした。

 それから我に帰った彼女は、直ぐに他の職員へ掛け合いにいった。


 ロベルとしては、三人の反応が予想していたものと違っていたから疑問を持っただけで、大事にするつもりなど無かった。

 しかし実際は、組合職員が六級の昇級試験で死ぬことなど、これまでただの一度も無かった。正に前代未聞の事件であり、一大事であった。


 ここにきて、改めてロベルは自覚する。

 裏の世界と表の世界では何もかもが違う。価値観や信条、常識すらも異なってくるのである。

 この認識の齟齬を改めねば、とロベルは思った。



◇◇



 六級冒険者となったロベルは、昇級試験以降も今まで通りハイペースで依頼を受け続けた。


 職員を殺めてしまった件で何度かの呼び出しがあり、質問攻めにあうことはあったが、特にこれと言った処罰は無かった。

 強いて言うのであれば、他の冒険者から職員殺しと揶揄されたり、言われの無い罵詈雑言を吐かれたり、ロベルティーネ以外の組合職員から冷遇されたりする程度のことはあった。

 実際今でも続いてはいるが、ロベルにとってそれは些事に過ぎなかった。


 他の冒険者からの陰口など、もとより気にも留めていなかったし、職員からの冷遇はロベルティーネがいるから気にする必要は無かった。


 ロベルティーネは、その優れた容姿のせいで同性から反感を買うことも多かった為、もともと他の受付嬢や職員とは馴染めていなかった。その為、ロベルを冷遇しようとする周囲の同調圧力に賛同することも、屈することも無かった。

 お互い嫌われ者どうしね、と言って笑みを浮かべる彼女は実に逞しく、それでいて女のかよわさを強調していた。


 そんな彼女のもとへ、今日もロベルは依頼を受けに来た。


「この依頼を受ける」

「⋯⋯討伐依頼ですか。それも小鬼ゴブリンの」

「ああ、六級に昇級した今なら問題無いだろう?」

「ええ、規則上の問題は無いです。ですが、私個人としてはあまりお勧めできない依頼ですね」

「何故?」


「この依頼主のいる村はペルンから少々離れています。往復するだけで丸一日は掛かりますね。それと何より、依頼達成条件が曖昧で、報酬は少ないです。報酬の少なさは置いておくとしても、この依頼達成条件は酷いですね。『村の近くの洞窟に住み着いた小鬼を、村の脅威にならない程度まで討伐すること』ですよ? そもそも小鬼が何体いるのかすら書いていません。それに脅威にならない程度とは具体的にどの程度なのか。それも書いていません」

「成程。俺はタダ働きをさせられそうになった訳か」

「⋯⋯流石に無償労働とはいかないでしょうが、まあ、少ない報酬でそれ以上の働きを、と考えているのは先ず間違い無いでしょう」


 ロベルは暫く悩んだ末、この依頼を受けることにした。


 当然、善意からでは無い。


 実はこの依頼、報酬が少ない割にあまりにも怪しい依頼内容だった為、誰も受注しようとしなかったのだ。

 自らの安全を一番に考える冒険者にとって、不鮮明な依頼は、眼前の地雷も同然。好んで地雷を踏みに行く愚者などそうそう居ない。


 しかし組合としては、依頼と報酬を出された以上、誰かに請け負って貰わねば困る。

 組合はこの状況を問題視し、打開策を講じた。


 それが、昇級ポイントの大幅な増加である。


 本来の依頼達成分の実に三倍。正に出血大サービスだ。


 通常であれば、良い依頼を受注する為に早朝から張り付く冒険者共に取られている筈だった。

 しかし冒険者たちは気がつかなかった。いつも売れ残っている怪しげな依頼に高額報酬がついているなど、夢にも思わなかったのだ。


 それをロベルがこれ幸いと受注しに来た訳である。


「やはりこの依頼を受けることにする」

「⋯⋯そう、ですか。承りました。⋯⋯でもっ! 安全第一ですよ! 分かっていますか、ロベルさん! 絶対ですよ! 準備を怠ったら、メッですよ!」

「分かっている」


 そう言うと、ロベルは組合を後にした。

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