第十五話 「二次」

 二次試験が開始された。

 試験内容は、攻撃禁止の試験官に攻撃することだ。


「そ、そんな、無抵抗の人に攻撃するなんて!」

「うるせぇ、やるぞ! じゃなきゃ昇級できねぇんだ!」


 そう言うと、ハンスは自らの獲物である長剣を腰の帯剣ベルトの鞘から引き抜き、前方へ駆けた。

 一方の試験官は身体を脱力させ、無駄な力み無く徒手空拳の構えをとっていた。

 試験官の徒手空拳は、ロベルのものと違って、何か流派のようなものがありそうである。


 試験官の直ぐ前まで辿り着いたハンスは、我武者羅に長剣を振り回す。そこに流派特有の優美さや流れのようなものは無い。

 試験官は自らの肉体を流れる水のように柔軟に動かし、ハンスの猛攻を避ける。


「クソッ、クソッ! 何で当たらねえ!?」

「駄目ですよ、そんなに無茶苦茶に振り回したら。当たるものも当たりません」

「うっせぇ! 俺に講釈垂れるな!」


 尚も当たらないハンスの剣撃。掠りすらしないそれは、次第に彼を肉体的にも精神的にも追い詰めていった。

 ハンスの息切れが激しくなり、その剣撃も勢いを落としていく。


「はぁ、はぁ、クソッタレが⋯⋯ッ!」

「はい、お疲れ様でした。剣筋は悪くなかっですよ。きちんとした師匠をつければ貴方は伸びますね」


 白髪の試験官は、優男然とした態度でそう言った。


「さて、次は誰ですか。──おお、モーリッツ君ですか」


 モーリッツは仏頂面に拍車をかけたような顔で、駆け出した。その右手には頑丈そうな戦棍メイスが握られている。

 遅れ馳せながら、レオもモーリッツを追うようにして走り出した。彼の両手には大型両手剣が握られている。


 試験官はそんな向かってくる二人をどのようになそうか考えていた。

 モーリッツの戦棍は鈍器なだけに、回避を失敗すれば致命的だ。十歳の少年の腕力と言えど、鈍器の力は侮れない。

 かと言って、モーリッツの戦棍に気を取られ過ぎると、後続のレオに叩き切られてしまうだろう。レオの所持している大型両手剣は、その切れ味もさることながら、打撃性能が高過ぎる。まともに喰らえば、一発で骨の何本かはイカれてしまうだろう。


 ──今回の昇級試験は豊作だな。

 そう思いながら、試験官は二人を迎え撃った。


 先ず、モーリッツの振り上げ気味な戦棍を見て、軌道を予測し、それをもとに彼の左横に回避行動を取る。

 その少し後、体をこちらへ向けて踏み出したモーリッツの軸足を左足で軽く蹴って体勢を崩させる。

 それと同時に、視界の端に映るレオに気づき、バックステップを取る。

 

「大丈夫っ!?」

「⋯⋯問題無い。けど、あの人強い」

「そうだね、僕ら二人じゃ──」


「っらあぁぁぁあああっ!」


 いつの間にか起き上がっていたハンスが、試験官の背後から急襲した。

 ──が、それも躱される。試験官は気がついていたのだ。膝を着いて体力回復を図っていた少年が消えていることに。


「うん、上手い連携だね。それにハンス君、隠れ潜んでまで相手を倒そうとするその気概、素晴らしいね! ただ、最後に大声を上げたことだけが残念だ。それでは折角の隠密が勿体ない」

「これが俺のやり方だっ!」

「うーん、まあ、それも良いか。そうだね、うん。それも──」


 試験官が言葉を言い切ることは無かった。

 代わりに、どこか間の抜けたような、空気の抜けたような音が試験官からした。


「⋯⋯ぁ、れ?」

「これで俺は合格だ」


 試験官の制服、その心臓の位置から、鋭い刃が生えていた。

 それを認識した途端、力が抜けていく。生命力と言う空気を詰められた風船から、全てが抜けていく。


 じんわりと血液が広がっていくのを試験官は自覚した。

 昨日干した時に浴びていた日光の良い匂いに、血液特有の鉄のような臭いが広がっていく。


「ぅぷっ、ロ、ロベル君⋯⋯合格、だ」

「ああ」


 ロベルは試験官の心臓からダガーを引き抜いた。

 最早手馴れた作業であり、返り血が自分の方に飛ばないようにする方法も知っている。

 徐々に零れ出てきた血液は、やがて堰を切ったように溢れ出した。


 その様子を三人は呆然と見ていたが、直ぐにレオが吐き気を催して、後ろ向きで四つん這いになった。

 涙を流して嘔吐く仲間を見て、二人も我に返る。


「お、お前っ!?」

「⋯⋯殺人だぞ」


「これはそう言う試験官だろう。何を言っている?」


 二人は話の通じない化け物、若しくはそれに類するを見るような目でロベルを見た。

 きっと、魔物や魔族と初めて対峙した人類は、彼等と同じような顔をしていたのだろう。


「それと、ハンス。お前に礼を言う。俺の隠密がバレなかったのは、お前の下手な隠密のおかげだ。こいつは目立つお前に完全に意識が向いていた」


 それだけ言い残すと、ロベルは出口の方へ歩き出した。

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