第十三話 「憤怒」

 フリーダは頭に血が上っていくのを強く自覚した。


 自分に関心を持つどころか、嫌悪感すら示す母親が、出会って間もない平民に興味を抱いている。


 何故、どうして。

 そんな言葉が彼女の脳内に溢れ出す。

 しかし同時に、心のどこかで納得をしている自分がいることに気がついた。


 カザミーナは男子を欲しがっていた。それは、貴族家に嫁いだ女であるならば誰もが持つ、長男を産むという使命故だ。


 しかし産まれてしまったのは、女であるフリーダであった。

 それだけなら再度妊娠をさせれば良いのだが、残念ながらカザミーナは妊娠をしにくい体質であった為、フリーダ以降の子供を授かることができずにいた。

 貴族の女として、世継ぎを産むことができないのは恥同然である。カザミーナに向けられた悪意の視線の数は計り知れない。


 その悪意の視線の中には、当然、辺境伯家当主であるアルフォンス・フォン=ヴィーゼルの姿もあった。


 彼は自分の地位に優秀な後継人長男を据えることに強い拘りを持っていた。だからこそ、自分の伴侶には優秀で家柄の良い者を、と侯爵家の末娘であるカザミーナを選んだのである。両家にとって都合の良いその政略結婚は、実に円滑に進んだ。

 しかし、稀代の傑物と名高いアルフォンスの唯一の誤算は、カザミーナが不妊症であったことだ。


 その結果、政略結婚とは言えど、そう悪くなかった夫婦の仲は最悪と言って差し支えないほどの状態となった。


 加えて、アルフォンスが成長したフリーダへと発覚したことで、最悪だった夫婦仲は徹底的に引き裂かれることとなった。



 だからこそ、フリーダは納得してしまったのである。


 母であるカザミーナがへ執着する理由に。父であるアルフォンスを嫌う理由に。自分を嫌う理由に。


「⋯⋯そう。ところで、雇うというのは、私お付きの執事にでもなるかしら」

「行く行くはそうするつもりだとおっしゃっておりましたが、最初は下男が良い所でしょう」

「そうね⋯⋯」


 いつの頃からか、フリーダはカザミーナの関心をひくために、平民のような乱暴な言葉遣いをするようになった。

 しかしそれも、特に意味は無かった。むしろ、カザミーナは粗野な言葉を遣う自分の娘に嫌悪感すら抱いていた。


 心に動揺の広がった今の彼女では、演技すらできない。高度な教養を持つ素の彼女に戻ってしまう。


「ロベルには伝えてあるのかしら」

「はい。しかし、伝えはしましたが、同意は得られませんでした」

「何故?」

「冒険者稼業を続けたいと、一級冒険者になるまでは辞めるつもりは無いとおっしゃっておりました」

「本当に変わっているわね。冒険者なんて危険な割に発給な仕事を好むなんて」

「⋯⋯失礼ながら、あの歳の男子は皆同じようなかと」

「そう。⋯⋯お父様もそうだったのかしらね」

「⋯⋯」


 いつしか頭に上っていた血は、どこかへ消え失せていた。

 しかし少女の心は晴れやかなものとは言えず、行き場を失った怒りが静かにその身を焦がしていた。


 怒髪天を衝く勢いだった少女の姿はどこにも無い。


 虚無で形作られた王冠を被る哀れな少女が、そこに居た。

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