第十一話 「傲慢」

 老執事と共に冒険者組合へ報告を終えたロベルは、再び城館へと戻る。

 組合では、受付嬢から、一週間後に昇格試験があるから来るようにと言葉を貰っていた。


「一週間後、昇格試験に行く」

「──お嬢様次第でございます。貴方は最早辺境伯家の客人です。貴方の行動は、貴方や私の一存では決められません」


 ──面倒な事になった、とロベルは思った。

 自分の行動を自分一人で決める事は最早不可能に近い。少なくとも、ロベルの前を行く老執事を排除できる程強くならない事にはどうにもならない。


 この老執事が居る限り、ロベルは鳥籠の中の鳥同然である。


(あの女を殺せていたなら⋯⋯)


 今更になってそう考えるが、意味の無い考えだと思い、棚上げした。


「少し、急ぐと致しましょう。お嬢様がお待ちです」


 タキシードの内ポケットから取り出した懐中時計を見てから、老執事はそう言った。



◇◇



「遅いっ!」

「申し訳ございません」


 猟犬のような少女は声を荒らげて老執事を叱った。その叱っている相手が真の猟犬だとも知らずに。


 そんな光景をぼんやりと眺めていたロベルにムカついたのか、少女の怒りの矛先はロベルへと向かった。


「お前もだ! 何をぼーっとしていやがる! 私に頭を下げろ!」

「申し訳ございません」

「お前は碌に謝罪も出来ないのか!? いいか、謝罪っつーのはな、こうやって頭を下げるんだよ!」


 少女は先程の意趣返しのように、右手でロベルの首を掴んで真下へ引っ張った。

 少女は、彼女よりも頭一つ分低くなったロベルの頭、その後頭部を思い切り押さえつけた。


「分かったか!」

「ああ」

「ふざけた答えをするな! このっ! 私は! フリーダ・フォン=ヴィーゼルだぞ!」


 少女フリーダは、そう言ってロベルの頬を殴りつけた。


「申し訳ございません」

「ふん! それで良いんだよ。さっさと私の前から消えろ」


(これは帰っても問題無いという事か?)


 そう考えて老執事の方を見るが、彼はまぶたを固く閉じて小さく首を振った。


 何か発言すればフリーダは文句を言うだろうと考えだロベルは、無言で部屋を後にした。

 本来は、貴族の前で無言で退出するなどあってはならぬ事だったが、フリーダも度重なるロベルの無礼に感覚を麻痺させており、止めることは無かった。


 むしろ、これまで彼女の周囲を取り巻いてきた人間たちは、こうもあっさりと彼女の前から去る事は無かった。

 ロベルの奇行がフリーダの感情を僅かに揺さぶった。胸に生まれた不安と言う感情。貴族の子故、滅多に抱かぬその感情は、傲慢さに隠れつつも、確かに彼女の精神面へ影響を与えていた。




 ロベルはまたも城内を歩いていた。


 フリーダからは去れと言われたが、この城館内においてロベルの居場所は存在しない。

 行くべき所も無いと言うのに、一体どこへ行けと言う

のか。


 ロベルは不満を感じつつ、まるで城内を点検するかのように周囲へ目を向けながら暇を潰す。


 暫く歩き回ったところで、ふと、既視感のある廊下へと辿り着いた。

 同時に、ロベルの頭をある記憶が支配する。この廊下の先にある厳かで淫靡な部屋で起きた出来事、その記憶が。


 嫌な予感がしたロベルは、後ろへ引き返そうとする。──が、遅かった。


「あらあら、坊や。まだここに居たのね?」


 本能的に感じる強烈な嫌悪。最早生理的嫌悪と言うべきは、声の主が誰であるか明確に告げていた。

 しかし、それに反して反応をしてしまうロベルの下半身。情けなくなる程に正直なそれは、声の主へ向けて大きくいきり勃っていた。


「⋯⋯そぉれともぉ、私が忘れられなくてまた来ちゃったのかしら?」

「⋯⋯」

「あら可愛い。黙りこくっちゃって。──いいわ よ、いらっしゃい」


 開いた扉から身を乗り出した女の姿は妖艶で、一度味わえば辞められない強烈な依存性があった。

 少し湿ったような声音は実に蠱惑的で、色気がある。

 獲物を見据えた獣のように、舌先で唇をひと舐めし、瑞々しい唇から発する熱気を顕にした。


 左手の窓から僅かに隙間風が入る。

 風に靡く金髪は、正に神話に登場する愛欲の女神ヴィーナス

 野獣の牙は麗しい唇のすぐ側に、熟れた果実は色素の薄い桃色となって服に内側に。


 ロベルは灯蛾のように、その生命の成る木へと近寄った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る