第十話 「謝罪」

 ロベルは目を覚ますと仄暗い牢獄に居た。

 眼前には金属製の棒が縦に並ぶ仕切りがあり、上下左右は石壁で囲まれている。

 四方に設置された弱々しい火を保つ蝋燭が獄中を照らしており、その他の光源は見当たら無い。


 ロベルは金属製の椅子に縛り付けられている。

 両手は肘置き、両足は椅子の足に固定されている。


 どうにか固定を外せないものかと身を捩っていると、牢獄の外から規則的な足音が響いてきた。

 足音の大きさからして体重は成人男性程度であり、足音の間隔の長さからして身長や足が長い事が分かる。恐らく男性であると推察できる。そしてこの規則的な歩き方──。


(老執事か。やつが俺の意識を飛ばした後にここへ運んだのか)


 果たして現れたのは、老執事だった。

 タキシードに身を包み、常に完成された一挙一動をするその姿は、とてもではないが全盛期を疾うに過ぎた老人とは思えない。


「突然の来訪とこのような御無礼をどうかお許し下さい、

「俺を調べたか」

「はい。勝手ながら、カザミーナ様とご接触されるお方は全てこちらで調べさせて貰っております」

「そうか。⋯⋯それで、俺は何をすればここを出られる?」


 老執事が僅かに目を細めた。


「『ここから出せ』では無く、『何をすれば出られる』ですか」

「態々こんな所に収容したんだ。そういう事だろう?」

「⋯⋯ロベル様には、お嬢様へ謝罪をしてもらいたいのです」

「それだけか?」

「はい。随分と素直に受け入れてくださるのですね」

「謝罪だけで解放されるのなら安いものだ」


 そう言うと、ロベルは老執事へ拘束の解除を促した。

 拘束を解かれたロベルは、抵抗する事無く老執事の後ろについて歩き出した。



◇◇



「許す訳ねぇだろ、バァカ! ぶっ殺してやるからこぅち来いよ!」

「お嬢様、お言葉遣いをお直し下さい」


 ロベルが平身低頭に謝罪を行った結果、少女の怒りはより激化した。

 因みに、ロベルの謝罪文は、『申し訳御座いませんでした』と、単純なものである。

 裏の世界では謝罪等した事が無かったし、する必要性が無かったので、その概念は知っていても活用方法は理解していなかったのである。

 この謝罪文ですら老執事に教えてもらったものであり、当初ロベルが言おうとしていた謝罪文は、『すまん』のみだ。これは、壮年の男がロベルへ良く言っていた言葉であり、謝罪文としては一番馴染みがあった。


「俺は謝罪をした。これで解放だな?」

「⋯⋯はい。カザミーナ様からはそのように──」

「なんっでここからお母様に繋がるんだよ! おかしいだろ! っつーか、私はこいつを許すつもりないんだから勝手解放なんてすんじゃねえ!」

「そうはおっしゃいましても、これは貴女様のお母上であるカザミーナ様の意向なのです。一執事である私程度ではご命令に従う他ありません」


 その言葉を聞いて少女はにやりと笑った。


「そうか、そうか。なら、だ。こいつを逃がすな」

「お嬢様のご命令とあらば。⋯⋯申し訳ございません、ロベル様。どうにもお嬢様は、貴方をお気に召したようでして」


(こいつからは逃げられる気がしない。やるだけ無駄だな)


 眼前の洗練された動きをする老執事を見て、ロベルはそう思った。


「分かった。だが、依頼の達成報告だけはする」

「承知しました。それでは、こちらへ──」


 老執事はロベルに移動を促すと、少女へ言葉を残して去った。

 誰も居なくなった少女の私室で、彼女は一人言葉を零す。


「絶対に、逃がさないでよね⋯⋯」

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