第三話 「組合」
適当に食べ物を買いつつ、再び屋台通りを練り歩く。
小綺麗になった少年を訝しむ人間はもう居ない。
さて、何をするか──。
適当にすれ違う人間から財布を抜きつつ、少年は考えた。
そもそも、表の世界へ出てきたのは単純な興味本位からであり、特に理由等無いのだ。当然、こちらへ来て何をするか等考えていなかった。
その時、悩む少年の前を煌びやかな鎧や派手な武具を纏った集団がすれ違った。
一瞬その装いに目を奪われたが、構わず財布を掏ろうとした。しかし、失敗する。その完璧な隙の無さから事前に掏れないと悟ったのである。
堂々と歩く猛者たちに少年の目は釘付けになった。
気がつけば、周囲の人間たちはその集団に向かって憧憬や好意の視線を向け、歓声を贈っていた。
しかし少年のそれは違う。
憧憬では無くふつふつと静かに燃える野心を、好意では無く粘つくような嫉妬を、少年は無機質な瞳に宿していた。
「欲しい」
──あれが欲しい。
少年の本質が再燃する。
略奪、強奪、簒奪、収奪、侵奪、争奪。
これこそが少年を形作る本質である。他者から奪う事、それこそがこれまでの人生の全てであり、少年が知る唯一の生きる術である。
そしてこの本質は、壮年の男から教わった盗賊の伊呂波を活かす事で更なる進化を遂げる。
昇華された本質は、少年の表層へと出て行動を促した。
「なあ、お前たち」
「うん? ん、何だい?」
後ろから呼び止められた集団の一人である優男が、小さな少年の姿を認めた。
「どうすればお前たちのように成れる?」
「⋯⋯そうだね、先ずはその言葉遣いを気をつける所からだね。──僕たちの様に成りたいのなら冒険者組合を訪ねると良い。きっと君を導いてくれるよ」
「何だ、坊主。俺みたいになりてぇなら、その貧相な身体をどうにかするこった。飯を食え飯を」
振り返った筋骨隆々の男はそれだけ言うと、戦斧を担ぎ上げて他の仲間を追いかけて行った。
「じゃ、僕も行くよ。君が冒険者として大成する事を心から祈っている」
背中にロングソードを背負った優男はそう言うと去っていった。
冒険者集団を見送った少年は壮年の男の言葉を思い出していた。
『冒険者になれ。お前は優秀な斥候になれる』
当時の少年には、斥候が何なのか理解出来なかったが、今では何となく理解出来ている。
そして、冒険者になるのなら自分の技能を最も活かせる職業であり、自分はそれにしかなる事が出来ない事も理解出来ていた。
(やる事は決まった。後は行動に移すだけだ)
少年は道行く人に冒険者組合の場所を聞きつつ歩き出した。
◇◇
冒険者組合、又の名を自由組合。
国家に縛られない世界で最も自由な機関である。
何でも屋のようなものを営んでおり、依頼人と請負人の仲介役として働いている。
依頼人は組合に依頼と報酬を提出し、それを組合が適切な人材
請負人は冒険者と呼ばれ、組合からの信頼や積み上げた実績によって等級別に評価される。
等級は全部で七つあり、七級が最低級で一級が最高級である。
世界で最も自由な機関と謳われているものの、その実態は完全実力主義であり、非凡な者はとことん成り上がり、平凡な者は何時までも辛酸を嘗める思いをする事となる。
また、組合や依頼人に不利益な行為を何度も働いたり、定められた期間に適切な回数依頼をこなさないでいると、登録証を抹消され、組合から追放処分を受ける。
追放処分を受けた冒険者はどこの支部でも登録をする事が出来なくなり、組合からの支援は受けられなくなる。
──成程。
冒険者組合の受付嬢から説明された内容は、少年にとって真新しい事ばかりであり、頭が痛くなるような思いをしていた。
更に細かいルールやマナーについての説明もあると言う受付嬢の言葉を少年は拒否で返した。
「詰まり、まともに依頼をこなしていれば言い訳だ」
「ざっくり言うとそんな感じです」
「ルールは分かった。登録を始めろ」
「はい。⋯⋯では、この紙に名前を書いて下さい。申し訳ございませんが、この紙は魔術契約書ですので代筆は出来ません。文字が分からないようでしたら、私が別の紙に書くのでそれを真似して下さい」
「やってくれ」
「お名前を教えてください」
「⋯⋯名前か。分からない、俺に名前は無い。適当に決めろ」
「えええ!? そんな重大な事私に任せないで下さいよ!」
「じゃあお前の名前は?」
「私? 私の名前はロベルティーネ=リットナーですけど⋯⋯」
「そうか。なら今日からはロベルと名乗る事にする」
「えええええ!?」
「早くそれにロベルと書け」
「⋯⋯分かりましたよ。本当に良いんですね?」
「ああ」
少年──ロベルは、別紙に書かれた受付嬢の流麗な文字を完璧に模写する。
名前の書かれた魔術契約書は突如発光を始め、ロベルの体から魔力を抜き取った。
これで魔術契約書は完璧に機能を発揮しだした。
しかし、ロベルは逆に機能不全に陥った。
(何だ? 視界が揺れる、吐気も酷い)
「ちょ、ちょっと、大丈夫!? 顔が真っ青よ!?」
遠のく意識の最中、そんな声がロベルの頭の中で響いていた。
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