恐怖心

わたしのよる

私は眠りに落ちることができないことが稀にあります。「落ちる」というのは、そのままの意味です。


私が見る最初の夢はいつもエレベーターが落下する夢です。

ワイヤーを引っ張る機械音、重力に逆らうように脳を揺らす振動、無機質な空間...

そんな孤独な空間に閉じ込められているのです。私は無抵抗、というより、流れに身を任せるしかない空間で過ごしているのです。


瞬間、ぷちっと切れるのです。

今までは頭痛がするほどに逆らっていた感覚も一転、這い上がってくるような恐怖と共に落ちていくのです。絶望感というより、諦めの境地に至って伏していると脳内が掻き乱されます。

ぐるぐると、子供が湯船で無抵抗な湯を混ぜるように。


とても、気持ちが悪いです。そんな夢を私は何年見ているでしょう。吐き気を催してた記憶すら懐かしい。今では眠りに「落ちる」ということだと割り切っています。


しかし、落ちることができない夜もあります。

目を閉じ、暗闇の世界に入ると何かが私を襲うのです。

もしも、明日起きた時にこの暗闇が晴れずにいたら。

もしも、明日起きた時に当たり前と思っていたこの世界から突き放されたとしたら。

もしも、もしも、もしも、もしも、もしも


所詮は「たられば」理論と同じで杞憂でございます。その杞憂が起きることは無く、大抵はどうでもいいことと処理され、私に安心感を与えるのです。


前置きが長くなりました。

ここまでが、私の夜です。つまらない独りごとです。


私は目が悪く、眼鏡がないと生活ができません。

造られた硝子越しの世界でしか物事を見ることができないのです。

その世界は耽美な小説家が描いたような夢の世界です。この硝子があれば夢を見れるのです。


しかし、眠る時は当然ですが、別の夢を見なければなりません。眼鏡が魅せる解放的で美しく、けれども稚拙極まりない夢から滑り落ち、閉鎖的で苦い想いを強要する空間になるのです。

この恐怖をなんと言いましょう。そして、苦い「想い」なのです。この空間では、私のもしもの世界を脳に焼き付けてくるのです。


起きた時には視力がもっと悪くなり、ぼやけた世界で銀のメスが眼球に入ります。

瞬間、虹色の水の世界に落ちます。

声が聞こえてきます。

「このままでは失敗してしまう」と。

私はそのまま虹色の残酷な世界で過ごすことを余儀なくされます。音と共に歩むしか無いのです。


不安になり、目を開けると暗い6畳の部屋でした。

ほっとため息をしますが、恐怖は出ていきません。覚めた思考を加速させ、頭の中がかき混ぜられます。生臭い獣肉と半液体状の腐った味噌をミキサーにかけ、ドロドロになった腐った臭気を放つ謎の液体を脳に詰められているような気がします。


今は夏ですから、この頃には日が昇っているのです。ぼやけて二重、三重と積み重なっている太陽を見て朝だと気が付きます。

急いで眼鏡をかけ、歯磨きをし、髪の毛を整えて着替えて外に出ます。


寝不足で欠伸が止まりませんが、仕方がありません。今日は眠りに落ちることができなかったと残念に、けれども嬉しく思い、また夜に戻るのです。

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恐怖心 @sasasasasaasaaaaa

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