女勇者は彼氏がいない

本編

 高校三年で冬だった。

 受験シーズンが本格化しもうすぐ卒業も近づいてきた頃。

 私こと山本ツバメはため息をついていた。


「どうしたの、勇者様。皆もう帰ったよ。ウチらも帰ろうよ」


 親友であるケイが私の前の席に座る。

 私は「誰が勇者様だ」と口を尖らせた。


「勇者様じゃん。世界を救ったんだし」


「救おうと思って救ったんじゃないよぉ、動画撮ろうと思ったらなんか救っちゃったんだよぉ」


「結局救ってんじゃん」


 今から一年前。

 突如としてこの世にダンジョンが現れた。

 ダンジョンへの入口は瞬く間に世界中に生まれ、ダンジョンからは魔物が溢れ出た。


 世界は脅威にさらされたが、人々は強かだった。

 ダンジョンを攻略する冒険者と呼ばれる家業の人たちが出現。

 彼らは次々にダンジョンに挑んだのだ。


 ダンジョンに眠るお宝を稼いだり、動画配信者がバズ狙いでダンジョン配信を行ったり。

 冒険者家業は急速な拡大成長を果たし、その活動方針も多岐に渡った。

 一方で、冒険者たちは魔物に襲われて次々に死んだり、死ななかったりした。


 当時高校二年だった私もまた同じ穴のムジナだった。

 危険な魔物の動画を世界に発信して人気者になろうとしたのだ。

 今考えればそんな軽率な動画、叩かれてもおかしくないわけだが当時の私は全く気にしていなかった。


 当時部活動だった陸上部を顧問との不和により退部した私は、とにかく暇だった。

 暇つぶしで始めた配信に一時的にハマり、とにかく数字に餓えていた。

 そして私の健脚であれば魔物ごとき余裕で逃げられるだろうとも考えていたのだ。


 しかし実際にダンジョンに潜り、どうやら私には戦闘の才能があるらしいと分かった。

 どこぞの冒険者の遺物であろう武器を手にし、次々に魔物を倒してしまったのだ。

 調子に乗ってどんどん奥に進んでいたら、やがてダンジョンのコアらしき赤い宝石を見つけた。

 いかにも砕いてくださいとばかりに怪しく輝くそれを砕くと、ダンジョンから魔物が消えたのだ。


 こうして世界は救われた。


 当時の動画を配信した私は伝説の女勇者と呼ばれるようになった。

 そのような不名誉な称号が今も私のあだ名として定着している。


「で、なんでため息なんて吐いてんの?」


「だってさ……もう高校生活終わるじゃん」


「うん、そうだね」


「みんな受験でさ、学校への登校もなくなるでしょ?」


「それがどしたの?」


「彼氏つくりたかったなぁって思ってさぁ」


 私は窓の外を眺めた。

 外では夕日が山の向こう側に沈みつつある。


「華の女子高生だよ、私たち。彼氏作って、一緒に自転車ニケツとかしてさ、夏祭りとか、学際とか一緒に巡って、ボーリングして、たまにはクラスの皆とカラオケオールして、そういうの全然してないじゃん」


「だって勇者は部活やめたじゃん。ウチは一応最後まで部活やったし、別に彼氏もいるし……」


「まだ付き合ってんの? あんな一年のたこ坊主と」


「たこ坊主言うな! 素直で良い子なの! それに結構頼りになるし……」


「ふん、そうですか」


「大体、勇者はその貴重な青春を全部動画配信に費やしたのが悪いんでしょ。今更彼氏欲しいって嘆かれても困るって」


「私が世界を救わなけりゃ、他の冒険者と出会って恋に落ちる世界線もあったかもしれないのに」


 私がぶつくさ言っていると「あー、もう分かったよぉ」とケイが声を上げた。


「男の子紹介してあげるから! それでいいでしょ! 世界を救ってくれたお礼!」


「本当に……?」


 私がチラリと見るとケイは「演技かよっ!」と突っ込む。


「でも良いの? 勇者だって受験とかあるでしょ?」


「私は配信者で喰っていく。あのときのダンジョン配信の動画、今だにバズってて月に百万は入ってくるんだよね」


「ヤバ……」


「それにチャンネル登録者も千万人超えたし。ご飯食べてる動画適当にライブ配信するだけで投げ銭が飛び交う飛び交う」


「何それ。なんか逆に心配になるよ。悪いやつに騙されないでよ?」


「でも私、勇者だからさぁ。なんかめっちゃ強いって思われてるんだよね。だから悪いやつ近づいてこないの。あと男子も」


「男子も? なんで?」


「『俺より強いから女に見れない』って」


「あぁ……」


「でも紹介してもらえるならその心配ももうないか。……うぅ」


「今度はどうしたの?」


 ケイは呆れ顔で私を見る。

 私は表情を悟られないよう、顔を手で覆い隠した。


「男子と何話したら良いんだろう……」


「ピュアかよ!」

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女勇者は彼氏がいない @koma-saka

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