6 結局、上司に直接聞くのが一番いい

 翌日。執務室。


 作業の合間にエイダは思い切ってレヴィに質問を投げかけた。


「レヴィさん、テュラトスで私が捕まった時のことを覚えてますか?」


「私の記憶力に問題があると思っているのか?」


「いや、そういうわけじゃないんですけど、あの時に相手の魔法を弾き返していたように思うんですけど、それがずっと記憶に残っていて……。あの魔法は一体何だったんですか?」


 エイダがあの猪突猛進のソラリから学んだこと──悩まず訊け。


「君には一度話をしたはずだが、私の専門分野は魔力の流れについての研究だ。魔力の流入先に優先度があることは理解しているな?」


「はい。六つの項目がありましたよね」


「まあ、ここではその認識で問題ない」


(なんか普通に教えてくれそうじゃん……)


 あれだけウジウジとしていた自分がバカバカしくなりながら、エイダはレヴィの説明に耳を傾けた。


「魔法は、基本的には魔法式によって魔力源から魔力を取り出して現象を顕現させるものだ。その強制力が魔力流入先として最も優先されることになる。現象の権限の際、その現象の発生場所を指定するわけだが、そこにも強制力が生じる。魔法の発生場所に魔力が流入するんだ」


 説明を聞きながら、エイダはぼんやりと思う。


(そういえば、この人、案外教えたがりなんだった)


「あの時の状況は極めて特殊だった。相手は二十三年前の魔法具を使用していた」


「魔法具ギルドのヴェラヴァサンタが開発したものですね」


「そうだ、よく憶えているな。あれには詠唱に呼応して適用される魔法式があらかじめ組み込まれている。その中には、魔法の発生場所を指定する座標構文も含まれている。その座標構文に強制的に魔法流入を起こして発生場所を書き換えたに過ぎない」


「あの一瞬で……」


「一瞬ではない。奴が魔法具を晒した瞬間から始まっていた。何度も言うが、あの魔法具には初めから固定の魔法式が組み込まれていたんだよ」


「魔法が暴発したのも……?」


「魔法具から発生場所に魔力が流入するのを停止させたことで起こった。魔力の外部へのバイパス施されていない古い魔法具では起こりやすい」


(これがレヴィさんの魔法の正体……)


 あまりにも呆気なく答えに辿り着いてしまったエイダはなにか拍子抜けしてしまった。


 そのついでにエイダは気になっていたことを口にする。


「レヴィさんは魔力が見えるんですか?」


「魔力は不可視なものだ。そんなわけがない。理論上考えられる魔力の流れに対して魔法を行使したというだけのことだ」


(そういうことだったのか……)


 抱えていた疑問が氷解して、逆にエイダは心配になってしまう。


「あの、こんなに魔法の詳細を話しちゃって大丈夫なんですか?」


 レヴィが眉根を寄せる。


「君が訊いたんだろうが」


「それはそうなんですけど、魔道士にとって魔法は秘匿するべきものじゃないですか」


「何を言っている? 私は冒険者認定官だ」


(あ、そういうことだったのか……。この人、こういう人だった。もっと早く気づけてたなぁ……)


 この数日間の紆余曲折をエイダは呪うのだった。



~*~*~*~



 夜。エイダの自宅。


 ベッドに仰向けになって天井を見つめる。


(なんだか私一人で肩ひじ張ってた気がするな……)


 部屋の隅のテーブルに目をやる。翼獣ヌンティウスの置物がこちらを見ている。


 今でも定時報告の時間になるとカラカラと音を立てる。もう少しすればその時間がやってくるはずだ。


 身を起こして椅子に座ると、翼獣ヌンティウスの置物と見つめ合う。


翼獣ヌンティウス……人々に叡智を与える象徴。認定試験の時には御守りを持っていたっけ)


 それが今ではレヴィを背信する道具になっている。エイダは頭を抱えた。


 彼女の脳裏に、ここ数日のレヴィのいない執務室での出来事が蘇る。


 多くの人がいて、レヴィの話をしていた。そのせいで自分の存在価値に首を捻りたくなった者の、誰もがエイダを見ていた。


『話聞いてくれてありがとねー、エイダちゃん!』


 バヒーラの屈託のない笑顔。


『シュラヴスの群青糖の飴。あげるよ』


 飄々としたリシュロットの仕草。


『カカ、それは己が心の純然たるしもべであることよ』


 捉えどころのないラプテーリの言葉。


『サンキュー、エイダ!』


 向こう見ずなソラリの自信満々な振る舞い。

 そんな彼に振り回されつつもフォローは忘れないホデシュ。


 ただあの部屋にいるだけで、着任して間もないエイダには多くの顔見知りができた。


 彼らの誰もがエイダを気にかけ、礼を言い、レヴィのことで同じ感覚を共有してきた。


 エイダには新しい居場所が築かれつつあるのだ。


翼獣ヌンティウスを飛ばせば、みんなを裏切ることになる。でも……)


 故郷に残した家族の顔が浮かび上がる。


 置物の頭を撫でて、エイダは声を吹き込んだ。


「レヴィ・エーベルハルトの調査は──」



 置物から生えた翼がバタバタと羽ばたいて、天井近くの壁に穿たれた通気口から外に飛び立っていく。


 見送ったエイダはどっと疲れていた。


 再びベッドに横になる。


『君は何のために私の下についている?』


 記憶の中のレヴィの声が耳朶を打つ。


 エイダは枕を握りしめてきつく目をつぶった。


(私にも分からないよ……)





EP4 おわり

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鋼鉄の冒険者認定官 山野エル @shunt13

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