5 シンプルなやつ

 レヴィは多忙だ。


「今日は一日、執務室を空けることになる」


 そう言って部屋を出て行こうとするレヴィを慌てて引き留めて、エイダは質問する。


「何か予定があるんですか?」


「先日の暴動に関連して、何人かの容疑者たちの取り調べに立ち会うことになった」


(その説明なしに出て行こうとしたのか、この人……。いつも急なんだよなぁ)


「協会内にいますか? もし取次が必要だったら──」


「いや、保安局にも向かう予定だ。何か要件があれば明日以降に対応する」


「分かりました」


 さっさと出て行くレヴィ。


 エイダはまたしても広い執務室に一人になる。


 ふと心の痒いところから疑問符が転がり落ちる。


(私って、必要な存在なんだろうか……)


 レヴィには長らく補佐官がいなかった。つまり、多忙な日々をたった一人で消化してきたということだ。


 それに、先日、レヴィが留守の間にここにやって来た人たちは誰もがレヴィに会いに来ていた。


(まあ、ラプテーリさんは別だったけど……)


 それだけに、エイダは自分がレヴィの付属品のように感じていた。その暗い思いがレヴィを裏切る行為を正当化しようと蠢く。


「さっきからノックしてるんだが、聞こえないのか! ドアがぶっ壊れちゃうぞ!」


 突然声がして、執務室の戸口に人影があることにエイダは初めて気が付いた。


 深紅の制服──執行部局の人間だ。


 黒い髪は逆立って、狭い額に前髪が幾束か垂れている。意志の強そうな眉に金色の目が光る。口角はキュッと上がっていて、それが漲る自信を表していた。


「失礼しましたっ! レヴィさんは今日一日席を外していまして……」


 男は自分の額をピシャリと叩いた。


「あちゃー、そうだったか! ここに来りゃ会えると思ったんだがな」


「ええと、執行部局の方ですよね。レヴィさんにどのようなご用件ですか?」


 冒険者認定協会の執行部局の主な仕事は、冒険者の鎮圧や捜索、冒険者の権限剥奪に関わる業務全般など、認定された冒険者に関するものだ。レヴィやエイダが所属する認定部局とはほとんど顔を合わせる機会がない。


「ああっ、これは失礼! オレはカズィル・ソラリ、S級執行官だ」


 親指で自分を指さすソラリはにこやかにエイダを見つめた。


「は、初めまして……」


「あ、あれっ? オレのことを知らない? “新進気鋭のエース”だって噂になってるはずなんだけど……」


(めっちゃ自信過剰じゃん……)


「い、いえ……、すみません、ここに着任して二か月くらいなもので……」


「なんだ、新人さんか、そりゃ失礼! オレのことを覚えておいた方がいいぞ。サインでも書こうか?」


「いや、遠慮しておきます」


「ハハハ、初々しいな!」


(そういうことじゃないんだけど……)


「それで、レヴィさんにどのようなご用件で?」


「ああっ、そうだった! 先日のノルヴィアの暴動は大丈夫だったか? カリアナトムでも被害が大きかっただろ?」


「おかげさまで無事でした」


 ソラリは腕組みをして難しい顔をした。


「その暴動の裏でな、どうやら冒険者が暗躍していたらしいというタレコミがあったんだよ」


「冒険者が……?」


「戦争被害者の会ってのがデモをやってただろ? デモ自体はそれを行う権利ってのが認められてる。だけどな、今回はそれが暴動に発展しちゃったってわけだ。デモの母体の戦争被害者の会に何人かの冒険者が潜り込んで暴動へ誘導した疑いがあるってわけなんだよ」


「そんなことが……。でも、それとレヴィさんとの間に何の関係が?」


「気になるよなっ! それは──」


「あ……」


 エイダはソラリの肩越しに、深紅の制服に身を包んで執務室の入口からこちらをじっと睨みつけている小柄な女性を見つけて声を漏らした。


 エイダの視線を追って振り返ったソラリが飛び上がる。


「ホデシュ課長……?!」


「何をやっているのだ、ソラリくん」


 ホデシュは銀髪をなびかせて無駄のない所作でソラリの前に立った。頭二つ分も背が高いソラリを見上げる。


「い、いや……っ、執行捜査課の人間として、精力的な調査活動をですね……!」


 ホデシュはため息をついて首を何度も横に振った。


「部下たちから君の姿がないと聞いていたからもしやと思っていたが……、執行捜査はチームプレーだ。スタンドプレーは感心しないな」


「でも、協会内に認定を下した人間がいるかもしれないじゃないですか! 片っ端から聞いた方が早いかと思って!」


「君は勇み足が過ぎるな。第一に、その冒険者がノルヴィアで認定を受けた者かどうか不明だ。第二に、エーベルハルト認定官は先に行われた審問の被監査者──つまり、当事者だ。君はこの協会に存在しないかもしれない、くだんの冒険者に認定を与えた認定官を探し回り、不躾にも罪悪感を植えつけるような質問を投げ、挙句の果てに一連の暴動に間接的に関わる人間のもとを直接訪れた。執行捜査官としての配慮に欠けると言わざるを得ないな」


 早口で部下を斬り伏せるホデシュをソラリは茫然と見つめる。


「……細かいことはよく分からないっすけど、オレ、やばいことしちゃいましたか?」


「熱意は買う。それ以外は稚拙だ」


「ありがとうございます!」


 深く頭を下げるソラリにホデシュは困惑する。


「褒めたわけではないのだが」


「熱意が伝わってよかったです!」


「君は私の話を聞いていないだろ」


「ホデシュ課長、そうと決まれば、聞き込み再開しましょう!」


「いや……待て」


 感情の起伏の乏しい上司を差し置いて、ソラリは部屋を出て行こうとする。そして、ハッとしてエイダを振り向いた。


「あっ、そうだ! 君、名前はなんていうの?」


「エイダ・ガーファンクル補佐官です」


「サンキュー、エイダ!」


「あっ、おい……!」


 手を伸ばすホデシュの声は空しく漂って空気に混じった。彼女は複雑な表情を浮かべてエイダを見た。


「うちの者がすまなかった」


「いえ、大丈夫です。びっくりしましたけど」


「この件に関しては、後日改めて伺うことにする」


「ええと、レヴィさんが疑われているんですか?」


 ホデシュはここでフッと微笑んだ。


「安心したまえ。暴動の裏で手を引いていた冒険者の特定方法として、ソラリくんが思いついたやり方なのだろう。冒険者認定の経路から容疑者候補をリストアップしようというわけだ。先日逮捕された暴動煽動の首謀者からは未だに情報が聞き出せずじまいで途方に暮れていたところだった。ああ見えて、行動力と閃きだけはある男なんだ。気を悪くされたのなら、お詫び申し上げる」


「いえ、とんでもない。捜査の進捗をお祈りしています」


「それでは、失礼する」


 ホデシュは慇懃に頭を下げて去って行った。


 嵐が過ぎ去った執務室の中で、エイダの心境が少し変化していた。





つづく

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