4 闇よりの使者
数日後。
レヴィが帰ってきた。
お土産は当然のようにない。
だが、エイダにとってはそれはどうでもいいことだ。
レヴィが魔族なのではないかという思いが強くなって、彼を見る目が以前とは違っていることを彼女自身も自覚している。
華奢な身体を椅子に沈める眼鏡の青年という印象の男だ。ごく普通の男だが、その髪は右側が煌めくような銀髪で、左に向かうにつれてダークブランにグラデーションしており、一種異様な風貌だ。
レヴィはため息をついた。
「君に課していた仕事だが、あまり進展がないようだな」
(げっ、レヴィさんの論文読んでばかりいて本業が疎かになってたんだ……)
「す、すみません、過去問の精査に時間がかかっちゃいまして……」
言ってしまってから、いつかバヒーラから聞いた「レヴィにはウソが通用しない」という言葉がエイダの脳裏をよぎる。
レヴィは疑わしそうに目を細めたが、追及することはなかった。
「君の能力を過大評価していたようだ」
(やばい、査定に響く……)
結局のところ、冒険者認定官の卵とも言える補佐官は上司である認定官に認められなければならないのだ。
「君は何のために私の下についている?」
エイダの心の内を読むかのような質問に、エイダは身構える。
「認定官になるためです」
「世の中には補佐官を貫き通す稀有な人間も存在するが、君はそうではないようだな。意外だな」
(めっちゃ皮肉言うじゃん、この人……)
「これまでの作業効率を勘案すると、私が与えた時間内に君が遂行できる作業量と実際のそれとの間には、およそ六時間程度の開きがある。その時間を寝て過ごしていたわけでもないだろう」
(これは正直に言うしかない……)
「実は、後学のためにレヴィさんの論文を読んでいました」
正直に、と言いつつ、自己保身のためにウソを混ぜ込むエイダであった。
レヴィの眉毛がピクリと動く。
「ほぅ、何を読んだ?」
「最初の『魔力の流れに関する体系的検証』はもちろんですけど、『遺物についての魔法解析学の提案』や『鉱物資源と魔物の関連性』も読ませて頂きました。魔法も魔物も明るくないんですけど、すごく勉強になります」
「なるほど。時系列順に読んでいるわけか」
レヴィはまんざらでもない様子で咳払いをしてエイダに視線を送った。
「気合を入れて精査を続けるように」
(こういうところは意外と単純なんだよなぁ……)
~*~*~*~
なんとかレヴィのご機嫌を取った日の帰り。
エイダは夕食の食材を買って、自宅のあるアグノ=シャリア地区への近道でもある細い路地を速足で歩いていた。すでに陽は落ちて、辺りは真っ暗だ。
エイダは足元を照らす用の
背の低い少女。瓜二つの顔。ツインテールの小さな頭。魔力を向上させる奇抜な化粧。細い身体にピタリとしたボディスーツ。
エイダは一瞬で事態を飲み込んだ。
「おいおい、あんたさぁ、うちらナメてるんじゃねぇだろうなぁ~?」
右に立つ少女が握ったナイフをひらひらと見せびらかす。奇妙に湾曲したナイフには群青石がはめ込まれている。右目の泣きぼくろが妖艶さを演出する。血を欲しているような狂気に駆られた表情にエイダは足がすくんでしまう。
「ヤミール、いきなり人様に喧嘩を売るのはよしなさいといつも言っているでしょう」
左に立つ少女には左目に泣きボクロがある。柔和な表情は見る者の心を穏やかにする。
「いい子ぶってんじゃねぇよ、シュモール。生き物の焼けるにおいが好きなクセしてよぉ」
シュモールは微笑んだままエイダの前に歩み寄った。
「ごめんなさいね、ガーファンクルさん。ヤミールは自制心が弱いの。だから、下手なことをすればはらわた引きずり出されちゃうわ。気をつけてね」
「なぁに自分は正常だって顔してんだよ」
「ヤミール、私は今からこの人とお話をするから黙っていなさい」
「ハッ! お話って──」
「黙れ」
冷たいシュモールの一言でヤミールは口ごもってしまう。
「わ、分かったって……、怒んなよぉ、ちょっとした冗談じゃねぇか……」
「それで、ガーファンクルさん」
ニコリと振り向いたシュモールは、まるで寄付でも募るようにエイダの顔色を窺った。
「私の記憶が確かならば、あなたには定期的にレヴィ・エーベルハルトの情報を伝えるよう指示があったはず。その定期発信がもう一か月近く滞っています。そのせいで、私たちはこうやって人目に触れるリスクを背負ってやって来ざるを得なくなりました。説明をしなさい。答えによっては、ここが保安局の仕事場に変わるわよ」
「す、すみません……」
「誰が謝れと言いました? 説明を求めています」
冷徹な瞳が魔法灯に照らされて怪しく光る。人の生命をなんとも思っていない、据わりきった眼だった。死の危険を感じたエイダはすぐに事情を口にした。
「私の勘違いかもしれませんが、協会内で私の動きが気取られているような気がして……、それでバレないように報告を控えていました」
「怪しいもんだよなぁ~。ホントはうちらのこと裏切ろうとしてんじゃねぇのかぁ~?」
ヤミールがナイフを片手にエイダとの距離を詰めようとする。すぐにシュモールが手で遮った。
「ヤミール、すぐに人を疑うのはよしなさい」
「ちぇっ、こいつからはらわた引きずり出す口実ができたのになぁ~。シュモールだって、こいつのこと燃やしたくて仕方ないんでしょぉ~?」
シュモールは静かな口調で返す。
「何言ってるの、ヤミール」
その顔がニヤリと狂気に歪んでいく。
「当たり前でしょう。この女が焼ける時、どんなにおいがするか想像したらイッてしまいそうよ」
エイダは震え上がった。
「ま、待ってください……。レヴィ・エーベルハルトについて分かったことはお話しますから……」
「あら、残念。そして、お利口さん。私たちを手間取らせずに早く話しなさい」
エイダはレヴィの魔法のこと、先日の暴動の渦中に巻き込まれたこと、そして、レヴィが魔族なのではないかという推測について話した。
「先日の暴動のこともグラバランに潜入したスパイが煽動を行ったことも存じています。あなたよりも新聞の方が多くの情報を寄越してくれましたからね」
「役立たずってことよぉ」
その一言はエイダの胸に深く突き刺さった。
隙あらばエイダにナイフを突きつけようとするヤミールを制して、シュモールは考えを巡らせる。
「あなた、レヴィ・エーベルハルトが魔族であるという考えを真面目に追いかけているようですけど、理に適っていないことに気づいていますか?」
「理に適って……? でも、そうでも考えないと……」
「だとすれば、レヴィ・エーベルハルトは魔族であることを隠匿していることになります。ですが、そんなことをする理由はありません。監査部局長のシェフィトラ・ラプテーリは魔族であるエルフであるにもかかわらず、自らの正体を露出しているではないですか」
理路整然とした反論に、エイダは思わず感心してしまう。シュモールの目が再び冷たさを取り戻す。
「つまらない推測にこだわるのはよしなさい。情報の精度が落ちる」
「へっへっへ~、怒られてやんのぉ~」
調子に乗ってエイダをバカにするヤミールをシュモールが睨みつけた。
「人のこと言えないでしょう、ヤミール。とにかく、ガーファンクルさん、事情は分かりましたが、きちんと
エイダは息を飲む。
「報告は必ずします。だから、家族は手を出さないでください……!」
「ふん」
シュモールが鼻で笑って、いくつもの腕輪をつけた右手を掲げた。
パッと閃光が走って、エイダの目が眩んだ瞬間に双子の少女の姿は消えていた。
つづく
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