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三本目に火をつけようとしたところで、飲み物が欲しくなり、部屋に戻って財布を取ると自宅を出て、歩いて五分ほどのところにあるコンビニへ向かった。
缶コーヒーを買い、店を出てすぐにプルタブを引き、一口飲んで、すぐにタバコに火をつけた。口臭がドブだからタバコかコーヒーのどちらかをやめてくれとミナキに言われたことを思い出した。そう言えば、やたらとあいつキスをしたがったな、私と。面倒くさいやつだった。
自動ドアが開いた音がした。女が一人出てきた。何となく目をやると、目が合った。
「あれー、久しぶりー」女が声をかけてきた。
「どうも」
思わず会釈してしまう。だが、誰だかまったくわからない。
「こんなところで会うなんてねー。元気だった?」
「ええ、まあ」
「田中とか元気? 最近会ってる?」
田中という知り合いは確かにいる。高校の時の同級生だが、別に仲が良かったわけではないし、連絡先も知らない。当然、どこで何をしているのかわからない。
「いや、会ってない」
「そうなんだ。私が前に会ったときは、イギリスで働くことになったって言ってたよ」
「へえ、すごい」
「昔から英語出来たもんね。田中」
「そうだったっけ?」
適当に話を合わせる。改めて女を見る。割と美人だった。
「タバコ、まだ吸ってるんだね」
「うん」
「やめないの?」
「どうだろ。わかんない」
「そんなもんだよね。てかさ、ちょっと聞いて欲しい話があるんだけど、聞いてくれる?」
女が私の肩を叩きながら言った。戸惑いながらも、
「いいよ」
「昨日、バス停でバス待ってたら、隣にいたのが町村だったの。ほら、美術室のイスを窓から捨てて停学になった、町村」
町村という知り合いはいない。タバコを灰皿に押し付ける。コーヒーをすすり、新しいタバコに火をつけた。
「それで、久しぶりって声かけたんだけど、めちゃくちゃ反応が薄いの。忘れられたのかなーって思って、高三の時クラス一緒だったじゃんって言っても、誰ですか? って感じで、あれ、もしかして人違いかな? って思って、町村だよね? って聞いたんだ。そしたら、はい、そうですって言うの。で、美術室のイス、窓から投げ捨てたよねって訊いたら、何のことですか? ってなって。高校を訊いてみたら全然違うところだったの。まさかの、名前が一緒のそっくりさん。めちゃくちゃびっくりしたよ本当に」
「そうなんだ」
「ところで、一応訊くけど手塚だよね?」
「いえ、私は町村です」
「え? 待って待って、どういうこと?」
女が驚愕の表情をした。思わず笑ってしまう。
「でも、美術室のイスは投げ捨ててません」
女が少し間をおいて、
「高校はどちらですか?」
「S高校です」
「申し訳ないです。人違いでした」
女が頭を下げた。私はタバコを燻らせながら、
「いえ、大丈夫です。でも、こんなことあるんですね」
「ですね。まさか、二回も人違いするなんて」
「だいぶ、ややこしい人違いですけどね」
「私が声をかけた町村は町村だけど私が知ってる町村じゃなくて、手塚だと思って声をかけたのも町村だけど、私が知っている町村じゃなかった。確かに、すごくややこしいですね」
「てか、なんでその町村は美術室のイスを窓から投げ捨てたんですか?」
「青春の一ページに刻みたかったって言ってました」
「何でまた、そんなことを刻みたかったんですかね?」
「若気の至りってやつですよ。きっと」
「なるほど。それはとてもわかりやすい」
私はタバコを消し、新しいタバコに火をつけた。
「私も一本貰ってもいいですか?」
女が言った。私は最後の一本を渡して、火をつけてやった。
ミミズの幽霊みたいな紫煙が二つ昇る。また、コンビニから客が出てきた。それを二人して目をやる。中年の男だった。
「あれ、担任じゃないんですか?」私は言った。
「違いますよ。私の担任女でしたから」
「こっちは女でしたよ」
「本当ですか、名前何ですか?」
私は高三の時の担任の名前を言った。女の担任の名前とはまったく違っていた。少しもおもしろくないはずなのに、互いに笑い合った。まるで本当に同級生だったかのような気持ちになった。そこからしばらく、他愛もない話をして、やがて同じくらいのタイミングで互いにタバコを吸い終わり、別れた。
帰り道、タバコを買っておけばよかったと後悔した。だが、これを機会に禁煙しようかな、と考えた。だけど、この決意は朝になったらすっかり忘れてしまって、出勤時、駅のコンビニでタバコを買うに違いない。
自宅に戻り、ベランダに出て夜風に当たりながら、町村ミナキのことを考えた。
もしかして、あいつだったりして。私は苦笑した。そんなわけないか。あいつに、美術室のイスを窓から投げるほどの根性はない。あるはずがない。
月はすっかり雲に隠れてしまっている。口と喉がムズムズとする。タバコが吸いたくて仕方ない。私は我慢できずに、またコンビニへ行くことにした。
また、いつかあの女に出会えるだろうか。もし、私の旧姓が手塚だと知ったら、あの女はどんな顔をするだろう。
頬が緩む。私は財布を手に取り、家を出た。
明日のタバコ 藤意太 @dashimakidaikon551
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