明日のタバコ
藤意太
1
ベランダでタバコを燻らせる。鉛色のため息がこぼれた。もう、わざわざ外に出てタバコを吸う必要などないのにここでタバコを吸っている。部屋の方を振り返る。当然ミナキの姿はない。仕事から戻ってきたら、ミナキの荷物がすべて無くなっていた。連絡はつかない。というより、出来ない。着信は拒否されていて、ラインは何通送っても既読がつかないので、おそらくブロックされている。
やっぱりな、と思う。そりゃそうだよな。間違いない。お前は正しい。心がチクリと痛む。紫煙を吐く。痛みがぼやけて、欠伸が出た。
明日も仕事だ。普段、意識しないのにやたらとその事実が重たく、面倒くさい。あと、どれほど働かなくてはいけないのだろうか、と考えてみる。現在の貯金残高が脳裏をよぎり、すぐやめた。
溶けたバームクーヘンみたいな月が浮かんでいる。生ぬるい夜風が頬を撫でた。
「金が無い、金が無いって言ってるくせに、何でタバコ吸うの?」
昨日の夜、私がタバコを吸おうとベランダへ出ようとした時、ミナキが言った。
「わかんない」
「何それ?」
「別に吸いたくないんだよ。本当は」
「だったら、やめなよ」
「やめたいよ。でも、無理なんだよ」
「意味わかんない」
「本当に意味が分からない。でも、気づいたらタバコとライターを持って、外に出ようとしてる」
「そのまま飛び降りてくれたらいいのに」
ミナキが真顔で言った。私は笑いながら、
「その時は受け止めてよ」
「馬鹿じゃないの」
ミナキは背を向けて、自室へ戻った。リビングの灯りも消された。私は舌打ちをして、ベランダへ出た。
そして、今日。仕事に行っている間にミナキは出て行った。
一本目を灰皿に押し付け、二本目に火をつける。まとわりつくような苦味が口内に広がる。
〈アキラは嘘ばっかりつく〉ミナキが言った。
「嘘もつき続ければ真実になるから」私は答えた。
〈アキラはいつも約束を守らない〉ミナキが泣いた。
「守る努力はしてるけど、本能が邪魔してくる」私は笑った。
〈アキラは本当にどうしようもない〉ミナキが喚いた。
「そんなの今さらじゃん」私は呆れた。
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