最終話・永遠の友達。そして

 やることはやったと思う。


 朝日の強い光を浴びながら、欠伸あくびを交えつつ考える。


「ぬわあっ!?」


 危ない危ない。


 あまりに強すぎる眠気に気を取られていたら、溝にハマるところだった。

 登校しているだけだというのに、世の中は危険で一杯である。


「あーあ、本当にどうなるんだろ」


 上手くいけば今日の夜にでも、彼女の方から通話に誘ってくれる可能性がある。


 駄目ならまた対策を考える必要がある。


「いや。でもなぁ!」


 昨日自分の作った音声ファイルの中身を思い出し、恥じの濁流だくりゅうが押し寄せてくる。


 よくもまあ、あんな浮ついた台詞がポンポン出てきたと思う。

 台本ではもっと硬派な感じだったのに、何故こうなってしまったのか。


 彼女に勇気を与えると同時に、自分の首をめてしまった感がある。

 行ったことに後悔はしていないが、内容については後悔しかない。


 あぁ、困ったもんだ。


「はぁ」


 大きな溜息を吐き、前を向く。

 視界の先に映る校門の前には、希望で溢れた顔をした生徒が校舎へと向かっていた。


「俺がこんなに苦しんでても、他の人間には関係ないんだもんな」


 至極しごく当然のことを口走りながら歩を進める。

 睡眠時間が少ないせいで少々頭がバグってしまっているようだ。


 そうして、1人のモブとして校門を通り過ぎようとした時である。


「ブラック……!」


 心地良い声が響いたと思った瞬間、不思議と世界が止まったような感覚を覚えた。


 あまりにも聞き覚えしかない綺麗な声色。

 存在感の強いはっきりとした音を前にして、俺はすぐさま声がした方を向いた。


「!? せつなあっ!」


 一瞬驚きが脳を支配してしまったせいで、裏声にも似た素っ頓狂すっとんきょうなボイスが飛び出る。

 おかげで、知らない生徒からの視線にさらされてしまった。


 しかしながら、そんなことは気にしない。


 今は、今だけは、何よりも重要なことがあった。


「おま、お前。本当に刹那か?」

「うん......。うん。刹那だよ」


 校門のすぐ横に立つ女の子が恥ずかしいような、嬉しいような感情が混じった声で言う。


「本当に女だったんだな」


 スカートを身にまとった女の子を前にして、どうしても頭がバグってしまう。

 どれだけ頭では理解していようとも、今までの付き合い方が付き合い方だけに何処か信じられない自分もいた。


 でも、確かに見覚えるがある。

 彼女は一学期の途中で姿を消した、クラスメイトの女子に間違いない。


「今更それ言う? 音声ファイルの中でも言ってたのに」

「ごめんごめん。いやー、男だと思っただけに衝撃的過ぎてな」

「まあ、ボクも隠してたから何か言えた立場じゃないけどね」


 クスクスと刹那が笑う。

 初めて見るリアルの友達は、想像していたよりも線が細く、可愛らしかった。


「ありがとうブラック。そして、ごめんなさい」

「何がとは、言わなくていいか。口にするのは野暮やぼってもんだな」

「うん、ボクもその方が嬉しいかな。ちょっと吹っ切れたら、過去の自分がむずがゆくて」

「分かるわー。絶賛少し前の俺がそうだったもん」

「未来の総理大臣候補がそんなへっぽこメンタルで良いの?」


 意地の悪い顔をした刹那が言う。

 外見はどうあれ、中身は毎日会話してきた刹那そのものだ。


「良いんだよ。だってこんなんでもお前の役に立てたし」

「……ん、いきなりそれはズルいよ」


 唐突なカウンターパンチに分かりやすく赤面する刹那。

 こういうところは女の子らしい。


「急に別れを切り出してきた仕返しだ。これでチャラだな」

「ん、そっか。それじゃあまた貸しを作るかもだけど」

「ああ、何だ?」


 刹那が真っすぐな目線をこちらに向けてくる。

 同時に、朝のHR5分前を知らせるチャイムも鳴ったが、気にならなかった。


「ボクと一緒に、教室まで歩いてくれますか?」


 あまりにも単純で、簡単なお願いだった。


 そんなものの答えなんて当然決まっているわけで。


「喜んで」


 もちろん即答した。

 瞬間、親愛なる友からすぐさま感謝が飛んできた。


 その声は、今までにないほどに抱かれたさを感じるものだった。

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イケメンボイスの恋模様 エプソン @AiLice

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