13.貴方のことが大好きです!!
「ロッテ伯爵、本日はお時間を下さりありがとうございます」
アッシュにとっては様々な角度から忘れることができなくなった衝撃の事件から数日後、正装でロッテ伯爵家に訪れたレオはロッテ伯爵夫妻と話した後、清々しい顔でリーゼの前に立ち止まった。
「レ、レオ様……?」
普段に輪をかけて男前な風格を漂わせる正装のレオに、リーゼはドキドキとする胸を抱えたままに見上げる。
「リーゼ・ロッテ伯爵令嬢。父とは話しをつけてきました。ロッテ伯爵との約束も一生守ると誓います。もしよろしければ、この僕レオ・カーネルの恋人になってはくれませんか?」
リーゼの前に跪いてその白い手を取って返答を待つ、翠の穏やかな瞳を見返す。
「はい……っ!!」
涙を浮かべて勢い余って抱きつく令嬢らしからぬリーゼを受け止めたレオは、満足そうにその腕に抱き留めた感触を堪能した。
「19歳のお誕生日おめでとうございます、レオ様」
「ありがとう。これで僕が1番のお兄さんだねー」
「ふふ、そうですね。後でお祝いの席を用意してますので、楽しみにしていてくださいね」
「それは楽しみだ」
家族の前での公開告白の後、いつもに輪をかけて上機嫌なロッテ伯爵夫人が用意した紅茶と山のようなお茶菓子と共に、レオはリーゼの自室へのお邪魔を許されていた。
「あの、お父様とのお話はなんだったのですか……? レオ様とのお話の後にお母様がぶちぶちと怒っておりましたが……」
「あぁ、あれかぁ……」
レオは自身の頬を指先でカリカリと掻きながら、言葉を濁す。
幼い頃。それこそ裸で一緒に水遊びをするような付き合いだったロッテ家とレオは、当たり前のように大きくなった。しかして歳を経る毎にその色男ぶりをメキメキと表出させるレオに、心配性のロッテ伯爵は密かに懸念を募らせていく。
大切な娘がいる身として、レオの存在は貴重であると共に脅威でもあった。
1人の伴侶と添い遂げる奇特な者もいる一方で、一夫多妻制も許される現状では、レオのような眉目秀麗で貴族としての地盤もしっかりとしている次期後継者を、世の令嬢たちやその親が放っておく訳がないのは火を見るよりも明らか。
ロッテ伯爵は知っての通り、ポヤポヤと温室で育てたような娘をそんな苛烈な夫人戦争に送り込みたい親でもなければ、現状その必要にも迫られてはいない。
とは言えこのままレオが何もわからぬリーゼの側に居続ければ、レオなんてハイスペックを見慣れるが余りに変に目が肥えた結果、他の男性を見る機会が激減して嫁ぎ損ねてしまうのもまた困りもの。
そこでロッテ伯爵は考えたーー。
「僕が中等部の終わりに差し掛かった頃かな、今まで通りの交流を認める代わりに、男性を知らないリーゼちゃんから僕を選ばない限り、もし僕がリーゼちゃんを気に入ったとしても、僕からリーゼちゃんに好意を示さないで欲しいって言われたんだ」
「なっ、なんですかそれ!??」
レオのとんでも発言に目を剥くリーゼに、レオははははと苦笑する。
「道理でお母様が信じられないだの、人の気持ちをなんだと思ってるのだの怒っていたはずです……っ! アッシュお兄様も怒髪天だったんですよ!?」
何かしらをレオに言い含めたのは勘づいていたらしいロッテ伯爵夫人とアッシュだったが、その詳細までは知らされず、レオもロッテ伯爵の名誉のために黙っていた。
そのため、今回の話しによって露見した事態にロッテ伯爵は家族中から糾弾を受けている最中だった。
その際も、だって心配だったんだもん。と小さく呟いていたらしいだけに反省の色は足りない。
私も怒ってやらなきゃ、なんてブツブツと呟くリーゼを見下ろして、レオは苦笑して口を開く。
「いや、でも、ロッテ伯爵だけが悪い訳ではないんだよ。僕の父は父で、色んな女性を見ろ。夫人だって何が起こるかわからないんだから何人か貰うのが当たり前だって感覚の人だから……。僕としてもそんな父を説得する前に、わざわざ14歳やそこらの子どもに恥を忍んでそんな約束を取り付けるロッテ伯爵の気持ちを無下にはできなくて。だから、今日、僕の19歳の誕生日を期日として父と取引をした」
「取引……ですか……?」
「そう。19歳の誕生日までに父が用意した紹介や縁談、デートは全て受ける。その上で、どうしても相手を選ぶ気が起きなかったら、リーゼちゃん1人と結婚したいってーー」
ふっと笑う翠の瞳に、リーゼはボワっと赤面するのを自覚した。
「そっ、だって、そんな、もし、私に、他に恋人ができてしまったりしたら、どうしたんですか……っ」
我ながら混乱から変なことを口走っていることはわかっていたが、次から次へと出てくる衝撃内容に冷静ではいられなかった。
そんなリーゼの様子にふっと微笑んで席を立つと、レオはその細い身体を子どもでも抱くかのように抱き上げる。
「レ、レオ様っ!?」
突然の事態にあわあわと慌てるリーゼに構わず、レオはその碧い瞳を見つめて、ゆっくりとリーゼに唇を重ねた。
「んぅ……っ」
はぁっと潤む碧眼と翠の瞳が間近で交錯する。一度軽く離した唇を再び重ね合わせたレオは、にやりと笑うとリーゼの額にコツンと自身の額をくっつけた。
「僕以外の男に、リーゼが恋に堕ちるわけないでしょう?」
「ふぇっ!?」
あまりの予想外な本気か冗談かわからぬ回答と、突然の呼び捨てに思わず変な声が出たリーゼに構わずに、レオはトコトコとその身体を抱えたままにソファへと移動する。
「ま、万一堕ちたとしても堕とさせたままになんてさせないけどね」
「レ、レオ様?」
何か穏やかでないことを口にしている気がするレオの言葉が聞き間違いかと、リーゼは目を瞬かせる。
ゆっくりとリーゼをソファに降ろしたレオは、真っ赤になって小さくなるリーゼを両腕と片膝でソファへと追い詰めた。
「あ、あの、レオ様……っ!?」
「ソファでごめんね。ベッドだと多分、危ないから」
「は、え? な、何の話しーー……?」
赤い顔できょどりまくるリーゼを見下ろして、レオは見たこともない色香を纏って笑顔でリーゼに顔を近づける。
「……ロッテ伯爵の誤算。……リーゼちゃんは何かわかる?」
「へぁ!? お、お父様の……誤算ですかっ!?」
耳元で囁かれるレオの声にびくりと反応してしまう身体を制御できなくて、リーゼはパニック状態で身を縮こまらせた。
視線だけでレオを見上げれば、何か今までに見たこともないような悪い顔をしている気がして、緊張と期待と恐怖が無い混ぜになったような感覚で目が回りそうになる。
「………………な、なんでしょう…………っ?」
「…………僕がここまで焦らされ続けたことだろうね」
恐る恐ると伺えば、にこりとした爽やかな笑顔とは裏腹に、そのままのし掛かられるように、食べられそうな勢いで唇を奪われた。
「んぅ……っ」
ソファに沈む身体は逃げ道もなくて、守る暇もなく割られた唇から絡め取られる舌に息を継ぐタイミングがわからない。
漏れる声が静かな室内に溢れ、響く水音に何かを刺激されて、どんどん訳がわからなくなっていった。
「……っ……んぅ……ぁ……っ……レオ……っ……さまっ」
ふぇと蒸気した頬で半泣きに、トロンとした碧い瞳でレオを見上げるリーゼを見下ろして、レオは荒い息をつく。
「ーーやっと手に入った……」
「へ……?」
押し出したようなレオの声と共に、優しく頬から首筋までを指先でなぞられる。そんな些細な刺激にすらも、ピクリと反応してしまうリーゼを見下ろして、レオはふっと口元を緩めた。
「ーー前にさ、アッシュとリーゼちゃんが表情も仕草もよく似てるなんて言ったけどーーごめん。あれは訂正する」
「へ?」
組み敷かれたままに見上げたリーゼは、レオの悪そうな翠の瞳の奥を見た。
「あれこれ想像してたけど、全然だめだ。本物には、全然敵わない」
そう言って塞がれた唇に、身を任せる。
こんなに余裕なく求めてくるレオに、リーゼの胸がきゅうと鳴った。年上の立派な殿方を可愛いなんて思ってしまった自分が不思議だった。
思わずと、リーゼは間近にあるレオの首に腕を回してぎゅうと抱きしめる。
「レオ様、私……レオ様が大好きです……っ」
重かろうと腕を緩めてぽすんとソファに落ちたリーゼを見下ろして、珍しく驚いたような顔で固まっているレオをあれ? とリーゼは見上げる。
「……ほんと、この状況で今の僕を煽るとはいい度胸だね……?」
「……煽る……?」
キョトンとしたリーゼが、にっこりしたレオの不穏な言葉の意味を知るのは直後のこと。
そんな2人の密事をなぜか察知した鬼の形相のアッシュが、勢いよく扉を開け放つのも、またその直ぐ先のお話し。
【完】
【完結】キス現場を目撃して浮き足立っていたら、あれよあれよと両想いになりました! 刺身 @sasimi00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます