12.やっぱりお兄様って受けっぽい!
「あれ、まつ毛ついてるよ」
「あ? どこだよ」
「そこそこ、あ、目に入りそう」
「んん?」
「ちょちょ、銀色の毛だから暗いと見にくいし動かないでよ」
「ーーじゃぁそこで取ってくれ」
「ちょっと上向いて動かないでよっ……ーーはい、取れた」
「ーーおい、何してるんだ。さっさと離れろ」
「ひどい言い草だな。アッシュの言う通りにしてあげてるのに」
「……お前、相手を間違えてねぇか……?」
「こんな可愛い顔、見間違える訳ないでしょ」
「はぁっ!?」
「ほんとアッシュってリーゼちゃんと似てるよね、さすが兄妹。っていってもリーゼちゃんの方が可愛いけど」
「……お前さては喧嘩売ってんな?」
「ーーって言うやり取りの一部を見たんだとは思うんだけど、何となくリーゼちゃんが角度とタイミング的にそういった勘違いをしてそうだなとは察知してたんだ。姉さんでそう言うのが流行ってるのは知ってたからね」
「えぇっ!?」
「アホだアホだと思ってはいたが、まさかここまでアホだったとは……っ!!」
はははと苦笑するレオに、開いた口が塞がらないリーゼ。ついでに脱力して風化気味のアッシュ。
「私も知っているぞ。大体は物語や見目の良い演者を題材にしているやつだろう。ちなみにうちの学校にも出回ってるぞ。ほれ」
「えっ!?」
そう言って、狩猟会場に戻った皆でお茶や菓子の載ったテーブルを囲んだ中心に、クリスティーナが徐にパラパラと読んでいた薄い冊子を置く。それを覗き込んだ一同は、驚きに目を見張った。
「何だこれは!?」
「これってお兄様とレオ様……ですよね……?」
「うわぁ、こんなものまであるんだぁ」
「中々うまいものだと感心する。まぁ致し方なかろう。こんなに目立つ2人がいつも一緒。なのに浮ついた噂が一つもないとなれば、こんな妄想の一つや二つはされるさ」
「されてたまるかいっ!!」
涼しい顔で人事のように呟くクリスティーナに、ギャァと騒いだアッシュが自らとレオを題材にされた手作り恋物語を叩いて、ブルブルと青い顔で騒ぎ立てた。
「で、でもその後も際どい感じが多くありませんでしたか……っ!?」
「まぁどうせ長くは続かないと思ってたから、面白半分、僕の都合半分でちょっと悪ノリしちゃったのはあるかな」
「お前のせいかいっ!! 通りで昨日からどことなく気色悪いと思ってたんだよっ!!」
「ちょっとお兄様うるさいですっ」
「お前が全ての元凶なんだからもっと猛省しろっ!!!」
「す、すみません……」
様々な角度からのストレスで、普段に輪をかけて過敏になっている上に、未だボツボツが出たままのアッシュの勢いに押されるリーゼ。
「あっはっはっはっ、3人は本当に仲がいいんだな」
クリスティーナは面白そうに目に涙を浮かべて笑い転げている。そんな様さえ、美しい。
「安心しろ、妹君。私は確かにカーネル伯爵令息を狙ってはいたが、それは恋情ではなく政治的な理由だ。第一に人の恋路の邪魔をする趣味もないし、よそを向いている男を追いかけるほど暇でもない」
「は、はい……っ」
「恐縮です」
にんまりと美しく笑うクリスティーナに笑われて、リーゼは頭を下げる。
「ところでロッテ伯爵令息。貴殿に想い人はいるのか?」
「ーーは?」
「え?」
「ん?」
急に向いた白羽の矢に、アッシュがピシリと停止して、リーゼとレオは目を瞬かせる。
「どさくさ紛れに私に突っ込めるようになっただろう。いつも澄ました猫みたいな顔をしている癖に、中々の切れ味で気に入った」
「ーーはい?」
「私と渡り合える男も少なくてな。とは言え聞く耳を持たぬ者もまた困るんだ。どうかな、私と貴殿は相性が悪くなさそうに思うんだが」
「いやいや、何の話しですか……っ!?」
クリスティーナの本気かどうかわからない突然の申し出に、アッシュは目を白黒とさせる。
「ーー確かに、アッシュお兄様って受けっぽいですもんね」
「おい、受けって何だ。何だその不穏なワードは……っ!?」
「あー、多分アッシュは知らない方が……?」
したり顔でうんうんと頷くリーゼに、ギョッとするアッシュを眺め、困り顔のレオが言葉を濁す。
「コレを読んだらわかるんじゃないか?」
「誰が読むかっ!!!」
ニヤリとして冊子を指差すクリスティーナに、目を釣り上げたアッシュは半ばヤケクソで吠えた。
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